2023.02.14

EMA症例141:1月症例 解説

2023年1月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。2月4日時点で質問に回答をいただいた方は 223名いらっしゃいました。皆様の回答の集計結果を紹介します。

質問1:現時点で聴取・確認したい内容を選んでください(複数選択可)

質問2:祖父の内服している薬剤の中で、本症例の小児にとって致死量となり得る薬剤があれば選んでください(複数選択可)

質問3:今後の対応を教えてください。


質問4:あなたの属性は?


今回も多くの職種、診療科の方に参加いただきました。母子手帳を確認される方も半数を超え、小児診療はまず母子手帳の確認との指導がされているところも多いようです。内服薬はどれも小児が内服した場合に心配になるものばかりで、回答結果も様々に分かれる形となりました。入院を検討する回答が多くありましたが、外来での経過観察も一定数選択がありました。

その後の症例の経過:
小児科オンコールに連絡し、点滴確保の上、経過観察入院となりました。入院時血糖:85mg/dlと正常範囲でした。入院6時間後に傾眠傾向となり、血糖:45mg/dlと低血糖を認めたため、ブドウ糖液の投与を行い症状は改善しています。10%ブドウ糖液の持続点滴を開始し、その後低血糖の再発は認めませんでした。入院12時間後にブドウ糖液の投与も終了し、翌朝に血糖:88mg/dlであったため、自宅退院となりました。

解説:
■One pill can kill
小児の薬物中毒は頻繁に遭遇するほどではありませんが、本邦でも年間3万件以上の医薬品誤飲が報告されており、決して稀なものではありません。幸いにして、有症状に至っているものは少ない様子です [1]。米国中毒センターの報告では2009-2011年の3年間に360万件ほどの小児薬物中毒が発生していますが、生命を脅かす可能性があったものは2500件ほど、死亡例は109件にとどまっており、重篤な状態に至る症例は少ない傾向は同様となっています [2]。ただし、投薬量ミスが6歳未満の中毒の11%を占め、死亡症例の12%を占めていることは重く受け止めなければなりません [3]。米国の年次報告は現在2020年までがPubmedに掲載されていますので、興味がある方はご覧ください。
    世の中には多くの薬剤が、様々な規格で流通しています。成人であれば全く問題にならないにも関わらず、幼児にとってはごく少量で致死的となってしまうものも存在しており、「One pill can kill」という呼称が生まれました。具体的には体重10㎏の幼児が1-2錠もしくはティースプーン1-2杯摂取するだけで致死的となる場合を指します [4]。なおティースプーン1杯は約5mlほどに相当します。表1に米国におけるOne pill can killの薬剤を示していますが、日本で流通している規格と異なる部分がありますのでご注意ください。代表的には抗うつ薬、抗不整脈薬、カルシウム拮抗薬、麻薬、血糖降下薬、抗血小板薬、DOAC、抗痙攣薬、多発性硬化症の薬剤が該当し、今回の症例であればジルチアゼム徐放カプセル200㎎、グリメピリド1㎎、ダビガトラン110㎎が体重当たりの換算で致死量に達しています。
    また、医薬品ではありませんが、本邦でも不凍液として販売のある95%エチレングリコールも3mlほどの摂取で透析が検討される血中濃度(50mg/dl)まで上昇する可能性があります [5] [6]。グリコール基により甘みがあり、幼児にとって魅力的な点も注意が必要な理由となります。なお、地域によっては不凍液に苦みの添加剤を義務付けている場合もありますが、この介入による入院率や重症度に変化は証明されていません [7].


表1:One pill can killの薬剤( [4]より引用および改変)


■小児薬物中毒のアプローチと留意点
小児の薬物中毒と聞くと身構えてしまうところもありますが、救急医としての基本アプローチは通常の中毒と同様です。まずはABCを確実に担保すること、そのうえで原因薬剤の同定や迅速に実施できる治療の開始、その後急変するリスクの判断をしていくことになります。ABCD3EFのmnemonicも提唱されており紹介いたします(表2)。
二次被害を避けるため、体表面の暴露が疑われる場合には可能な限り早期に脱衣などによる除染を行うべきです。本稿の趣旨とずれるため詳細は割愛しますが、水的除染は患者に与える負担も大きく、必要性を十分に吟味しなくてはなりません。服装にもよりますが、脱衣により80-90%の汚染物質を除去できると推測されています [8]。患者の容体により左右されるところもありますが、視認できる汚染が乏しい場合には脱衣+清拭までで対応するというのも十分現実的な選択肢でしょう。
トキシドロームについても、年齢毎に存在するバイタルサインの基準と患児の発達状態を元に判断すれば有用とされています [9]。表3に一般的なトキシドロームを記載します。

表2:ABCD3EF( [2]より作成)


表3:代表的な薬剤のトキシドローム( [9]より作成、一部改変)



※A:興奮、C:傾眠/昏睡、D:せん妄、P:精神病症状、S:痙攣、T:振戦
※SLUDGE:Salivation(唾液分泌)、Lacrimation(流涙)、Urination(排尿)、Diarrhea(下痢)、Gastrointestinal dysfunction(胃腸障害)、Emesis(嘔吐)

さて、では小児も成人も薬物中毒に違いはないのでしょうか?小児は様々な生理的条件が成人と異なり、ここで詳述するのは困難ですが、代表的な違いについて記述いたします。

①  薬剤の吸収や分布の違い
体重に占める水分量が多く、新生児では約70%、2歳ごろに60%となっています。したがって水溶性薬剤の分布容積は小児の方が大きく、逆に脂溶性薬剤の分布容積は小さくなります [10]。同様に皮膚の血液灌流・水分量が多く、体表面積/体重比が大きこともあいまって、成人と比して経皮的な薬物の吸収が良いとされます [2]。アルブミンに代表される血漿中のタンパク質濃度は低く、タンパク質結合能が高い薬剤では成人に比べて遊離率が高くなることが知られています。結果として同じ血中濃度にも関わらず薬剤の効果が強く出現することが示唆されています [10]。

②  吸入曝露の影響を受けやすい
小児のバイタルサイン(図1)を見ても分かる通り、呼吸数が成人より多くなっています。このため、おなじ環境で気体による曝露を受けた場合も小児の方がより強い曝露を受ける可能性が高く、CO中毒などでも最重症患者は小児であることが多いようです。小児の呼吸は横隔膜への依存度が高く、他の付属筋の能力が限られているため、腹式呼吸となることが多く、疲労や呼吸不全をきたしやすいとされます。結果として、CO中毒などに対する小児の回復力、および酸塩基平衡障害を補正する能力が制限されていると推測されています [2]。

図1:小児の呼吸数( [11]より引用)

③  体内のグリコーゲン貯蔵量が少ない
成人(肝臓に約100g、筋肉中に350-700g程度)と比べ、小児のグリコーゲンの貯蔵量は少ないとされています [2] [12] [13]。したがってエタノール、β遮断薬、およびグルコースホメオスタシスを変化させる他の薬剤により低血糖に至る可能性が高まっています。

■薬物誤飲の疫学を知ろう
薬物中毒には種々の要因があります。その中でも事故としての誤飲は、発生してしまった中毒自体の対応もさることながら、どのように予防していくかも大きな課題となります。これは他の小児の事故でも同様で、子供たちがのびのびと生活し成長できる安全な環境を社会が作っていかなくてはなりません。そのためには、福祉関係者・医療従事者が小児に生じやすい事故の特徴を把握し、一般家庭・社会に啓蒙していくことが大切でしょう。なお、以前は小児の誤飲をaccidental ingestion:偶発的摂取と表現していましたが、最近はexploratory ingestion:探索的摂取と表現が変わってきています。これは、小児の行動特性が誤飲に強くかかわっていることを示しています。
消費者庁から出されたレポートに本邦の傾向がグラフ化されていますので、以下の図2-4をご覧ください。

図2:小児薬物誤飲の年齢・性別データ( [1]より引用)

図3:小児薬物誤飲の発生場所( [1]より引用)

図4:小児薬物誤飲の薬剤が置いてあった高さ( [1]より引用)


    図の通り小児の薬物誤飲の9割以上は自宅内で発生し、親類宅を含めると98%ほどになります。また97%は3歳以下で生じ、誤飲という定義であれば5歳以下でのみ生じていることが分かります。また「置いてあった高さ」が、1-1.5mの高さでも6.8%を占めていることは重要です。台に乗ってしまうなど、様々な因子が関与する可能性がありますが、「小児は思ったよりも高いところまで手が届く」と認識することが予防において大切になります。このデータからは、高さだけであれば1.5m以上の場所を選ぶと安全性が高いと言えます。
    薬物誤飲が生じるリスクとして、①不適切な保管、②余裕のない家庭環境や養育者の監督不足、③祖父母のかかわりや他人の家で過ごすことなどがあります [14]。今回の症例も普段は子供がいない祖父母の家に帰省しているタイミングでした。では、小児の救急受診で必ず注意しないといけない「虐待」の問題はどうでしょうか?米国のデータにはなりますが、中毒センターに報告された症例のうち、虐待と判断されたのはわずか0.007-0.02%でした [15] [16]。病院を受診した症例ではもう少し比率が上昇し、13%が病院の児童虐待チームに相談され、4%が地域のChild Protective Servicesに紹介となっています [17]。ただし、病院から関係部署に相談された症例の多くは本当に悪意があったというよりも、不適切な監督・ネグレクト・違法薬物への曝露が懸念されたためであったようです。虐待のリスクとしては1歳未満または5歳-11歳、病歴の矛盾、臨床医の違和感となっており、年齢を除いては丁寧な病歴聴取と経験が必要かもしれません [2]。その他のきっかけになりそうな因子を表4に記載します。経験はどうにもできない領域ではありますが、病歴聴取・診察・家庭環境の評価は丁寧に行うことである程度カバーが可能です。自明ではありますが、虐待は種々の合併症を生じます。虐待の可能性があるだけでOdds2.69、家庭からの分離がなされる状態ではOdds3.79と死亡率が上昇するという報告も出てきており、専門でなくとも小児の診療に関わる限り気にかけておかないといけないものになります [18]。

    事故であれケガであれ、生じた結果のみの対応にとどまらず、今後同様の事態が生じないようにすることも医療者の大切な役割です。特に、小児は自力で病院を受診することができず、貴方の目の前にいる時が唯一のタイミングかもしれません。何も問題ないことがほとんどであっても、必ず全身の体表を評価すること、どのような状況で事故が発生したのか映像で再現できるぐらいに詳細に状況を聴取すること、母子手帳の出生発達歴・ワクチン接種歴から適切な養育が行われているかを推察することを忘れないようにしましょう。

表4:虐待を疑う因子( [2]より作成)

■消化管除染、拮抗薬
  消化管除染、特に胃洗浄が適応となる症例は稀とされています。摂取から30-60分と短時間で来院した致死的薬物の場合を除いてほとんど適応されず、また小児においては処置が技術的に難しい、合併症が生じやすいという問題も存在しているのが理由です。活性炭も同様であり、支持療法と拮抗薬では対応が不十分と予想される場合に検討されます。用量は1g/kgが目安であり、フルーツ味のジュースに混ぜ、外観が見えないような容器を使用すると十分な量の内服ができることが多いとされます。成人では経鼻胃管を挿入して投与する場面もしばしばみられますが、小児では活性炭投与のみでも20.4%に嘔吐を引き起こし、経鼻胃管がRR2.3でリスク因子となっています [19]。このため、意識障害がある場合には相対的禁忌となります(挿管されている場合を除く)。
    小児において全腸洗浄が適応になり、活性炭が有効ではない中毒物質で、臨床的に重要とされるのはおおよそ鉄剤程度であろうとされます。こちらはレントゲンで胃内に錠剤が存在することも確認可能なのは興味深いところです。鉄剤は出産後の母親に処方されていることも多く、その致死性の高さから歴史的に問題とされてきました。全腸洗浄を実施するには経鼻胃管の挿入が必要であり、ポリエチレングリコール液を250-500ml/hr、3-4時間投与し直腸からの液体が透明になるまで実施することになります。パッチ製剤の摂取、違法薬物の小包やバイアル、消化管に大量の鉛塗料片が確認されている、著しく毒性の強い薬剤の大量摂取においても検討することができます [2]。
    拮抗薬に関してはほぼ成人と同じと考えて問題ありません。シアン中毒に対する亜硝酸アミルはメトヘモグロビン血症誘発によって呼吸が破綻する可能性があり、推奨されていないことは留意が必要です。

■最後に
    多くはない、ほとんどの場合は軽症なのが小児の薬物誤飲です。しかし、命にかかわる重篤な症例が存在するのも事実です。特にOne pill can killの薬剤は新薬の開発に伴って種類が増加しており、出会った症例毎にきちんと確認していく姿勢が大切です。そして何よりも子供たちが事故にあわず健全に成長できる世の中であるために、社会に声を上げていくことも医療に携わる人間としての仕事なのかもしれません。

Take home message:
    1 薬物中毒のアプローチはABCD3EF
    2 小児薬物誤飲の9割以上は自宅で発生、97%は3歳以下
    3 子供に触られたくないものは1.5m以上で保管
    4 活性炭はフルーツジュースと中身が見えないカップを使ってみよう

<参考文献>
1. 子供による医薬品誤飲事故に関する情報分析(消費者安全調査委員会)(令和元年9月30日).
2. Calello DP, Henretig FM. Pediatric toxicology: specialized approach to the poisoned child. Emerg Med Clin North Am. 2014;32(1):29-52.
3. Tzimenatos L, Bond GR; Pediatric Therapeutic Error Study Group. Severe injury or death in young children from therapeutic errors: a summary of 238 cases from the American Association of Poison Control Centers. Clin Toxicol (Phila). 2009;47(4):348-354.
4. Koren G, Nachmani A. Drugs that Can Kill a Toddler with One Tablet or Teaspoonful: A 2018 Updated List. Clin Drug Investig. 2019;39(2):217-220.
5. Michael JB, Sztajnkrycer MD. Deadly pediatric poisons: nine common agents that kill at low doses. Emerg Med Clin North Am. 2004;22(4):1019-1050.
6. Barceloux DG, Krenzelok EP, Olson K, Watson W. American Academy of Clinical Toxicology Practice Guidelines on the Treatment of Ethylene Glycol Poisoning.   Ad Hoc Committee. J Toxicol Clin Toxicol. 1999;37(5):537-560.
7. White NC, Litovitz T, Benson BE, Horowitz BZ, Marr-Lyon L, White MK. The impact of bittering agents on pediatric ingestions of antifreeze. Clin Pediatr (Phila).    2009;48(9):913-921.
8. Levitin HW, Siegelson HJ, Dickinson S, et al. Decontamination of mass casualties--re-evaluating existing dogma. Prehosp Disaster Med. 2003;18(3):200-207.
9. Osterhoudt KC. No sympathy for a boy with obtundation. Pediatr Emerg Care. 2004;20(6):403-406.
10. van den Anker J, Reed MD, Allegaert K, Kearns GL. Developmental Changes in Pharmacokinetics and Pharmacodynamics. J Clin Pharmacol. 2018;58 Suppl 10:S10-S25.
11. Bullard MJ, Chan T, Brayman C, et al. Revisions to the Canadian Emergency Department Triage and Acuity Scale (CTAS) Guidelines. CJEM. 2014;16(6):485-   489.
12. Knuiman P, Hopman MT, Mensink M. Glycogen availability and skeletal muscle adaptations with endurance and resistance exercise. Nutr Metab (Lond).            2015;12:59.
13. Eriksson BO. Muscle metabolism in children--a review. Acta Paediatr Scand Suppl. 1980;283:20-28.
14. Madden MA. Pediatric Toxicology: Emerging Trends. J Pediatr Intensive Care. 2015;4(2):103-110.
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19. Osterhoudt KC, Durbin D, Alpern ER, Henretig FM. Risk factors for emesis after therapeutic use of activated charcoal in acutely poisoned children. Pediatrics. 2004;113(4):806-810.