2020.01.17

EMA症例14:3月症例解説

3月症例の解説です!

 今回の症例は施設によってマネージメントが異なると思いますので、あくまでも一意見として御参照ください。

今回のテーマは「腹部刺創」のマネージメントです。なかなか刺創の症例を見ることって多くはないですよね。これを機会に学んで行きましょう。
 まず、この症例のSecondary Survey(二次評価)を示します。


A(Allergy):なし
M(Medication):なし
P(Past History&Pregnancy):小学生時急性虫垂炎(ope歴あり)、メンタル疾患の既往なし、妊娠の可能性なし
L(Last meal):来院3時間前
E(Event&Environment): 飲酒中(ワインボトル半分ほど)に夫婦喧嘩となり、果物ナイフで自らの腹部を刺した。刃物の根元まで挿入したとのこと。
頭頚部:明らかな外傷なし、異常所見なし
胸部:呼吸音異常なし、皮下気腫なし、胸郭動揺なし
腹部:右側腹部に2cmの刺創あり、刺創周囲に4cm大の皮下腫瘤あり、ゾンデは5cm以上挿入可、右下腹部に手術痕あり、平坦・軟、創周囲に圧痛あるがその他部位に圧痛なし、筋性防御・反跳痛なし、2回目のFAST;negative
四肢:右手関節掌側に切創が数カ所あり、活動性出血なし
背部:明らかな外傷、異常所見なし

 生理学的な評価を行うPrimary Surveyとは異なり、Secondary Surveyは解剖学的な評価を行います。病歴聴取と系統だった身体診察をし、各種検査を進めて行きます。

Secondary Surveyでまず行うことはAMPLE聴取です(質問1の解答です)。

AMPLEとはアレルギー(A:Allergy)、内服薬の有無(M:Medication)、既往歴や妊娠の有無(Past history&Pregnancy)、最終経口摂取時刻(L:Last meal)、受傷機転や受傷現場の状況(E:Events&Environment)のことです。しかし例外として、切迫するDがある(GCS<8または脳ヘルニアの徴候がある)場合は頭部CTを真っ先に行います。外科医コンサルトは施設によってはこの時点で行うかもしれませんが、個人的にはPrimary Surveyで異常がなければSecondary Surveyを先にやっても良いように思います。

Secondary Surveyは全身くまなく観察することが重要です(質問2の解答)。

腹部の刺創が背部まで貫通している可能性もあります。また、腹部所見は今後のマネージメントに大きく関わってきます。酩酊状態のため正確な所見を取るのは難しいかもしれませんが、上述の通りしっかり、そして繰り返し診察しましょう。FASTも繰り返し施行することが重要です。Primary Surveyだけでなく、Secondary SurveyやCTへの移動前後、vital signsが急変したときなど簡便に出来る検査ですので繰り返し施行しましょう。Secondary Surveyが終わるまでは、歩かせたりむやみに動かすことは避けた方が良いでしょう。頸椎カラーはSecondary Surveyで頸椎に異常がないと判断したら除去します。

 今回の症例は、全身状態は安定しており、外傷は腹部の刺創と右手のためらい傷ということがここまででわかりました。ここからは刺創を注意深く観察しましょう。

 刺創はその深さと臓器損傷の有無が大きくマネージメントを左右します。腹部刺創といっても、腹部上端は前面で乳頭、側面で第6肋骨、背面で肩甲骨下縁と意外と高いです。心窩部や上腹部に刺創がある場合(Sauer’s danger zone)は心損傷や気胸など腹部以外の臓器損傷も考慮しなければなりません。

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 腹部刺創に対する緊急開腹術の適応は①ショックがあること、②内臓脱出(腸管・大網)があること、③腹膜炎を発症していることとなっています。これらがなく、循環動態が安定している場合には創の深さを評価するため諸検査を行います。まずは質問3のみなさんの回答状況を示します。

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それでは質問3の選択肢に沿って解説していきます。

1) 腹部Xp
Free airを確認できたら腹膜損傷は言えますが腸管損傷までは言い切れません。感度も低いため、ほとんど施行されません。 

2) LWE(Local Wound Exploration)
局所麻酔もしくは全身麻酔で腹直筋前鞘の穿通を確認する検査です。創部を拡張し、創部の到達点を追っていきます。腹直筋前鞘の穿通が確認できたらLWE陽性となり、経過観察もしくは腹腔鏡検査を施行します(施設により異なります)。腹直筋前鞘に創が達していない場合はLWE陰性で、それより深部に損傷はないと判断し創の処置をして帰宅となります。救急外来で安全に施行できる処置ですが、筋肉質の人や肥満の人・協力が得られない場合は施行が困難なこともあります。

3) 腹部造影CT
 感度・特異度ともに高く、臓器損傷の有無を調べる為に日本ではよく行われている検査です。腹膜や筋膜穿通の有無を腹部造影CTで評価することに関しては施設によって異なります。free airの存在は腹膜穿通の証拠となりますが、腸管損傷までは言い切れないこともあります。腸管損傷を疑う所見としてはfree airの他に実質臓器損傷を伴わない腹水、腸管壁の部分的肥厚、腸管周囲の血腫があります。膵損傷や横隔膜損傷もCTでは診断が難しい損傷です。筋膜穿通を疑う所見としては筋膜連続性欠如、筋肉内血腫・気腫の存在が挙げられます。また、上述の通り腹部は範囲が広いので刺創の場所によっては胸部CTも同時に施行した方が良いでしょう。

4) 刺創からの瘻孔造影
CTが普及する前は施行されていたようですが、現在では信頼性の低さから施行していない施設の方が多いように思います。

5) その他
 みなさんから挙げられたのは創部の観察、継続的なFAST、診断的腹腔洗浄(DPL)でした。創部の観察はLWEを施行しながら観察できると思います。継続的なFASTは前述の通りとても大事なことですが、超音波検査で臓器損傷を診断するのは困難です。診断的腹腔洗浄(DPL)は腹膜炎の有無を判断するのに有用な検査で、腹部症状が正確に取れない外傷患者にしばしば施行されます。局所麻酔下で臍下に切開を加え、腹腔内にカテーテルを挿入し生理食塩水を1L注入します。その回収液に腸管内容物が含まれているもしくはWBC>500/mm3、RBC>100,000/mm3、アミラーゼや胆汁の検出される場合陽性とされています。しかし受傷3時間前では偽陰性、18時間以降では偽陽性となる可能性もあり、受傷後3〜6時間での施行が推奨されています。

 また、最近では診断的腹腔鏡検査(DL)を施行する施設も出て来ていると思います。腹膜穿通・腹腔内出血・上腹部実質臓器損傷・後腹膜血腫・横隔膜損傷の除外に優れているとされています。

 今後のマネージメントでみなさんにいろいろ記載していただきましたが、多かった意見は外科医コンサルト、試験開腹です。経過観察派は4割弱でした。これは施設の方針や設備によるのでどちらが正しいということは一概には言えません。LWE陽性で試験開腹を勧めている文献もあります(ANZ J Surg. 2007 77:610)が、最近では経過観察を勧めているものが多いように思います(Br J Surg. 2012 Jan;99 Suppl 1:155-64.、J Trauma. 2011 Dec;71(6):1494-502.)。腹膜損傷だけでは開腹の適応とはならないこともあることを覚えておきましょう。ただ、経過観察する場合には継続的なvital signsのチェック、腹部診察、血液検査が必須となります。もし経過観察する場合はICUに入室し、いつ急変しても対応できるように万全の準備をしておきましょう。

 またマネージメントに警察への連絡や精神科の介入などを挙げているあたりは、このような症例を痛いほど経験されているみなさんでこそで、さすがER医ですねっ!

 この症例はまず腹部造影CTで腹腔内臓器の損傷の有無を確認後(下記参照、画質が悪く申し訳ありません)、LWEで腹直筋前鞘の穿通を確認しました。しかし創部の到達点までは確認できず、腹部所見からは腹膜炎の発症を積極的には疑えませんでしたが、外科医と相談の結果試験的腹腔鏡検査を施行しました。その結果腹膜は損傷されていましたが、腸管損傷はなく入院2日後より経口摂取を開始し、精神科を介入させ、腹部症状の増悪もないことから入院3日後に退院となっています。

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 いろいろご意見が出る部分だと思いますので、「うちの施設ではこうしている」とか「これはおかしいんじゃないか?」というようなことがありましたら是非ご意見を頂戴したいと思います。私も外傷外科医ではありませんが、ER医も外傷初期のマネージメントはしっかり行いたいですよね!これを機にみなさんの施設内でも刺創が来た時の方針を外科と確認してみるのもいいかもしれません。


 以上、3月の症例でした。