2022.11.18

EMA症例138:10月症例 解説

2022年10月症例の解説です。今月の症例は、いかがだったでしょうか。
たくさんのご回答をいただき、ありがとうございました。

今回のポイントは『アノ疾患の典型的な経過を知っているか?』です!

救急外来と同じようにアノ疾患の典型的な経過を踏まえつつ、症候から鑑別疾患を考えながらどう進めていくかを検討していきたいと思います。

症例は…・・・
1か月前まで普段通りだった浪人中の若年女性に、5日前から独語や寡黙、幻視、幻聴などの精神症状が出現し、勉強でストレスがかかりすぎたのではないか?と心配した両親によって救急要請された「意識障害」の症例でした。

皆さんの症例へのアプローチを見ながら、解説していきましょう!
質問1:初療開始時、まず1つ行うとしたら何の検査を行いますか?

まず1つ行うとしたら、半数以上の方が血液ガス検査で血糖や電解質・酸塩基平衡を確認するとのことでした。次に、心電図、CT、レントゲン、エコー・・・が続きました。その他として簡易薬物検査キット(TriageDOA®︎、SIGNIFYTMERなど)も挙がりました。意識障害の診療において中毒などを鑑別に挙げるのは非常に大切です。ただ、今回は「まず1つ」がポイントでしょうか・・・。では、意識障害のアプローチから解説していきます!

【意識変容から特徴的なアノ疾患へのアプローチ】

意識障害には、清明度の障害(量的な意識障害)である「意識レベル低下」と、内容の障害(質的な意識障害)である「意識変容」に分けることができます。この症例は、清明度は保たれ意識レベルは低下していないものの、5日前からの独語や寡黙、幻視、幻聴などの精神症状があり、意識障害のなかでも「意識変容」です。

意識障害では呼吸循環の安定を確認後(安定していなければ安定化が優先)に、すぐに介入できるものから対応しましょう!そう、あの合言葉・・・「Do DON'T」(DONT をせよ)でしたね(Dextrose:ブドウ糖、Oxygen:酸素、Naloxone:ナロキソン、Thiamin:ビタミンB1)。本症例は、血液ガス検査で血糖異常や電解質異常、酸塩基平衡異常がないかを確認しつつ、「意識変容」の鑑別に進みました。

識障害の鑑別で有名な “AIUEO TIPS” で考えると、残ってくる鑑別は・・・

E:代謝性脳症(甲状腺機能異常、Wernicke脳症など)
O:薬物中毒(中毒性脳症)
T:脳腫瘍、腫瘍随伴症候群
I:敗血症、中枢神経感染症(脳炎、髄膜炎、脳膿瘍)
P:精神疾患
S:てんかん発作(NCSE:非けいれん性てんかん重積)

などが挙げられます。そのなかでも緊急性を考慮して、中枢神経感染症(細菌性髄膜脳炎やウィルス脳炎)にも対応をしていきます(以前の記事参照:症例78解説)。

 しかし、本症例では特徴的な病歴があります。『若年女性』が独語や寡黙、幻視、幻聴などの『統合失調症様の精神症状』『急性に発症』しており、卵巣奇形腫に関連した辺縁系脳炎である抗NMDA受容体脳炎が鑑別の上位に挙げられます。そう、アノ疾患は抗NMDA受容体脳炎です。もちろん、病歴のみで診断できるわけではないですが、鑑別疾患に挙げることは重要です。そして、特徴的な経過を知っていればERでの問診も変わってきます。

【抗NMDA受容体脳炎の鑑別疾患】

では、皆さんの回答からみていきたいと思います。
質問2:上記の症例で鑑別の上位に挙がってくる疾患を3つ挙げてください。

多くの方が無菌性髄膜脳炎(特に単純ヘルペス脳炎)、自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎)、精神疾患(統合失調症や解離性障害)を鑑別の上位に挙げていました。今回多くの方に挙げてもらった単純ヘルペス脳炎は大脳辺縁系と呼ばれる扁桃体や海馬などが含まれる領域の病変であり、意識変容を来すことが多いため抗NMDA受容体脳炎を考慮する際には鑑別として上位に挙げておく必要があります。

その他に、SLEに関連した中枢神経ループス、てんかん発作、甲状腺機能異常も挙がっていました。やはり、単純ヘルペル脳炎や抗NMDA受容体脳炎などを鑑別の上位に挙げながら、除外しなければいけない疾患を鑑別として挙げられているようでした。また、若年女性であることなどから、頻度が多い薬物中毒や忘れてはいけない急性散在性脳脊髄炎(ADEM)などが鑑別に考えられていました。

質問3:鑑別診断を踏まえて家族へ追加で病歴聴取することあれば記載してください。

上記の鑑別を考慮し、追加問診では卵巣奇形腫などを意識した婦人科疾患の有無を多くの方が挙げていました。また、抗NMDA受容体脳炎や無菌性髄膜脳炎を意識したと考えられる直近の感染症歴が挙げられ、その他の鑑別疾患を考慮された追加問診が続きました。

今回は、抗NMDA受容体脳炎を鑑別に挙げた場合、その典型的な臨床経過を知った上で問診できるかがポイントです。抗NMDA受容体脳炎は下記の図のように、非特異的なウィルス感染のような感冒様症状後に、統合失調症様の精神症状や重度の認知機能障害で発症し、経過中に舞踏病様運動失調や中枢性低換気、顕著な自律神経症状が出現するなど、比較的画一的な臨床経過を辿ります。特に統合失調症様の精神症状が初期症状として出現するため、家族がなかなか病院に連れて行きにくく、自己免疫性脳炎関連けいれんを発症して救急要請され搬送されるケースもあり、典型的な経過を知った上で遡った病歴聴取が大切になることがあります。その中でも、非特異的なウィルス感染のような感冒様症状は約7割(5−8割)にみられ、通常精神症状出現の2週間以内にみられることが多いです。本症例も精神症状出現9日前から感冒様症状が出現していました。

図1 抗NMDA受容体脳炎の典型的な臨床経過

 
                                       文献1引用改変

 【本症例の経過・・・】

救急外来で血液検査(甲状腺機能含め)、頭部CTやMRI施行、髄液検査を施行するも有意な所見はありませんでした。やはり、数日前から感冒様症状があり、無菌性髄膜脳炎や自己免疫性脳炎(特に抗NMDA受容体脳炎)を鑑別とした脳炎の精査加療目的に入院となりました。入院後からカタトニアやけいれん、唾液亢進が出現し、抗NMDA受容体脳炎を考慮しステロイドパルス療法を開始しました。その後、骨盤部造影MRI検査で右卵巣奇形腫があり手術予定となりました。術前に中枢性低換気となり人工呼吸器管理を開始し、腹腔鏡下両側卵巣摘除術を施行しました(病理所見で両側卵巣奇形腫と診断)。同時に来院時の髄液検査での抗NMDA受容体抗体が陽性と判明し、抗NMDA受容体脳炎の診断となりました。さらに、血漿交換療法や免疫グロブリン療法を施行し、入院70日目頃には疎通可能となりました。人工呼吸器・気管切開を離脱し、入院179日目に独歩で自宅退院しました。

【抗NMDA受容体脳炎】

<概要>
抗N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体脳炎は、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体のGluN1サブユニットに対する抗体を介して発症する自己免疫介在性脳炎です。2007年にDalmauらにより12例の若年成人女性に好発する「卵巣奇形腫関連傍腫瘍性脳炎」として報告されました3)。その後、小児や高齢者、男性でもまれに発症することが示されました。この疾患は女性に多く(女性:男性比は約8:2)、患者の約 4割が18歳未満で発症しています4)。近年で広く知られるようになった自己免疫性脳炎で、救急領域でも臨床経過から鑑別診断として念頭におくことは重要です。

<症状>
急性期の脳炎症状として精神症状や重度の認知機能障害で発症しますが、その数日前には非特異的なウィルス感染のような感冒様症状が先行してみられます。感冒様症状→精神症状という経過が抗NMDA受容体脳炎の特徴的な臨床経過です。上記の精神症状や認知機能障害の後には、けいれん、口部や舌の不随意運動や舞踏病様運動失調など種々の運動障害がします。そして、経過中に突然、徐脈や中枢性無呼吸といった自律神経異常が出現します(図1)。また、回復過程は症状の発現とは逆の順序で起こり、自律神経機能や呼吸が安定し、不随意運動が治まるにつれ意識障害からゆっくりと回復します。そして、再度精神病期を経て、長期間の経過を経て社会復帰へ至ります5)。急性期では多くの患者が少なくとも3~4ヶ月入院し、その後に数ヶ月の身体的・行動的リハビリテーションを行う必要があります。

<診断・検査>
診断には下記の診断基準が2016年に提案され、その他の疾患の除外とIgG型抗GluN1抗体(IgG型NMDA受容体抗体)が陽性であること、下記⑴の症状の1つ以上を満たすこととされています2)。結局のところ、確定診断には髄液中の抗NMDA受容体抗体の測定が必要です。また、髄液中の抗体価と臨床経過は相関するとも報告されています6)

その他の検査としては、脳波検査ではextreme delta-blushと呼ばれる特徴的な脳波がみられることもあります。また、髄液検査では8,9割程度で細胞数増多がみられますが、一般的な脳炎と同様に髄液検査が正常だからといって否定できる訳ではありません。画像検査として頭部MRIが行われ半数は正常であり、半数は海馬を含む辺縁系を中心に異常所見がみられると報告されています7)

そして、下記の治療にも繋がるため、抗NMDA受容体脳炎を疑う患者全例に、主に卵巣奇形腫や精巣胚細胞腫瘍などの随伴腫瘍の検索として骨盤CTやMRI検査、経腟エコーを行う必要があります。もちろん、その他の腫瘍の可能性はあるものの、頻度は非常に低いため定期的な全身スクリーニングは不要であるとされています5)。また、脳炎から回復した場合も、少なくとも2年間は卵巣奇形腫や精巣胚細胞腫瘍の定期的なスクリーニングが推奨されています5)

<治療>
実臨床では抗NMDA受容体脳炎として、すぐに治療開始できる訳ではありません。辺縁系症状で発症した症例では、まず辺縁系脳炎として多い単純ヘルペス脳炎を念頭にアシクロビルを開始します。その後、髄液PCRなどで否定できた時点で中止し、抗NMDA受容体脳炎の治療に移行していきます。

抗NMDA受容体脳炎の治療の基本は、「免疫療法」と「必要に応じた随伴腫瘍の切除」で、8割は改善するとされています4)。免疫療法は第1段階として、ステロイドパルスや免疫グロブリン療法、血漿交換とされており、第2段階としてリツキシマブ療法やシクロホスファミド療法などとされています8)(図1)。ただ、いつ第2段階に移行するかなどはcontroversialです。

<まとめ>
・ 意識障害は、「意識レベル低下」と「意識変容」に分けられる
・ 若年女性・急性発症・統合失調症様の精神症状では、抗NMDA受容体脳炎を鑑別に挙げる
・ 抗NMDA受容体脳炎の典型的な臨床経過を理解した上で、問診や検査を進め治療につなげていく

【参考文献】

1) Abbatemarco JR, Yan C, Kunchok A, Rae-Grant A. Antibody-mediated autoimmune encephalitis: A practical approach. Cleve Clin J Med. 2021;88(8):459-471.
2) Graus F, Titulaer MJ, Balu R, et al. A clinical approach to diagnosis of autoimmune encephalitis. Lancet Neurol. 2016;15(4):391-404.
3) Dalmau J, Tüzün E, Wu HY, et al. Paraneoplastic anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis associated with ovarian teratoma. Ann Neurol. 2007;61(1):25-36.
4) Dalmau J, Armangué T, Planagumà J, et al. An update on anti-NMDA receptor encephalitis for neurologists and psychiatrists: mechanisms and models. Lancet Neurol. 2019;18(11):1045-1057.
5) Dalmau J, Lancaster E, Martinez-Hernandez E, Rosenfeld MR, Balice-Gordon R. Clinical experience and laboratory investigations in patients with anti-NMDAR encephalitis. Lancet Neurol. 2011;10(1):63-74.
6) Dalmau J, Gleichman AJ, Hughes EG, et al. Anti-NMDA-receptor encephalitis: case series and analysis of the effects of antibodies. Lancet Neurol. 2008;7(12):1091-1098.
7) Zhang T, Duan Y, Ye J, et al. Brain MRI Characteristics of Patients with Anti-N-Methyl-D-Aspartate Receptor Encephalitis and Their Associations with 2-Year Clinical Outcome. AJNR Am J Neuroradiol. 2018;39(5):824-829.
8) Titulaer MJ, McCracken L, Gabilondo I, et al. Treatment and prognostic factors for long-term outcome in patients with anti-NMDA receptor encephalitis: an observational cohort study. Lancet Neurol. 2013;12(2):157-165.