2022.08.22

EMA症例136:8月症例 解説

2022年8月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。
8月15 日時点で質問に回答をいただいた方は206名いらっしゃいました。
沢山の方にご参加いただき嬉しく思います!

今回は,症例提示の中でも出てきた通り,「発熱性好中球減少症(febrile neutropenia:FN)」を疑う患者さんです。「簡単!」と感じられた方もいらっしゃるかと思いますが,発熱性好中球減少症(以下,FN)の診療ではtime-dependent process,すなわち「時間軸を意識した診療」が求められます。FNのマネージメントは「脳卒中やST上昇型心筋梗塞に対するマネージメントと同様である」という記載もあるように1,救急外来で迅速な対応が必要な疾患として取り上げました。

という訳で,先にTake Home Messageをお示しします。

●発熱性好中球減少症(FN)は内科エマージェンシー
●時間を意識して迅速に対応する
-FNのリスクがある患者さんを早期に見極め,動き始める 
-迅速に検査を進め,抗菌薬投与が遅れないように
●初期治療の基本は,抗緑膿菌作用を有するβラクタム薬の単剤投与

まずは
質問1:問診票とトリアージ結果を見たあなたはどう動きますか?
質問2:「トリアージレベルを上げる必要があるかもしれない」と考えた場合,どのような指示や対応をしますか?
について,皆様の回答を紹介します。



「トリアージ結果は適切」と回答してくださった方が多い一方,「レベルを上げる(より早く診療を開始する)必要があるかもしれないので,追加の指示をする」と回答してくださった方も3割ほどいらっしゃいました。

続いて「トリアージレベルを上げる必要があるかもしれない」と考えた場合の指示や対応についてです。
まず沢山の方が指摘されたのが,頻脈の存在です。「頻脈があるので」トリアージを黄色にする,横にする,モニタリングを開始する,蘇生を念頭にルート確保・輸液を開始する,という回答が複数ありました。
問診や血液検査を初めとしたfever work-upを開始し,敗血症の可能性も考慮してルート確保・補液をする,という対応も多く挙がりました。
バイタルサイン,特に脈拍や呼吸数の変化に敏感に対応されていることが伝わってきます。
また個人的に印象に残ったのが「まず一目見る」という回答が複数あったことです。問診票にとらわれず,まず患者さんの顔を見るという姿勢,見習わねばと思いました。

そして今回取り上げるFNの可能性に注目した回答として,「子宮体癌の治療状況(術後なのか,治療中なのか)を確認する」「化学療法を行っているか問診する」などを,15名程挙げてくださいました。
FNとは,『好中球数が500/μL未満,または1,000/μL未満で48時間以内に500/μL未満に減少すると予測される状態で,かつ腋窩温37.5度以上の発熱を生じた場合』と定義されます3(各国のガイドラインで少しずつ違いますが,日本のガイドラインの定義を掲載)。好中球減少時の発熱は急速に重症化する恐れがあり,FNは内科エマージェンシーです。例えば,広域抗菌薬の投与が1時間遅れるごとに,28日死亡率が18%増加するという報告5があるように,迅速かつ的確に抗菌薬治療を開始できるか否かで,患者さんの予後が変わりますので,時間を意識した診療が求められます。

「時間」を意識すべき疾患では,患者さんが来院してから診察を受けるまでの時間も無駄にしないよう,適切なトリアージが必要です。癌の患者さんの中でも,最近化学療法を受けた方は特にFNの高リスクであり,診療の優先順位を上げなくてはいけません。 (さらに,治療レジメン側要因と患者側要因,例えば年齢やperformance status,進行癌か否かなどによって,FNを生じるリスクが変わりますが,その詳細についてはここでは割愛します。)

適切なトリアージのためには,救急外来を受診する以前のマネージメントも重要であり,化学療法を受ける患者さんやその家族は,もし発熱や体調不良で医療機関を受診する場合には,トリアージの時点で,最近化学療法を受けたことを伝えるよう,教育されているべきです。同時に,トリアージを実施する医療者は,癌の患者さんが申し出なかったとしても,最近の化学療法の有無について尋ねなくてはいけません。今回の患者さんであれば,「既往に子宮体癌がある」と認識した時点で,最近の治療内容・化学療法を行っているかどうかについて尋ねたり,カルテを確認したりする必要があるということです。

FNの可能性が高い患者さんを特定するために,「過去6週間以内に、全身性の抗がん剤治療を受けた」ことを救急外来のトリアージ項目として使用することも提唱されています2。トリアージの方法や運用は,医療機関によって違うと思いますが,日本でよく使われるトリアージツールにJTAS(Japan Triage and Acuity Scale)があります。JTASは,カナダで開発された緊急度判定システムCTAS (Canadian Triage and Acuity Scale)を日本語化したもので,トリアージの評価項目に「感染管理」があります。「免疫機能低下(ステロイド内服中,抗癌剤治療中など)」をチェックできるようになっていますので,FNのリスクがある化学療法中の患者さんを早期に拾い上げる助けになりそうです。

続いて質問3では,FNの可能性を認識し研修医と一緒に診療を進める設定で,続けて行う診察・検査・治療のうち優先度の高いものを選んでいただきました。皆様からの回答は以下です。FNであればカルバペネムを投与する,セフェピムを投与する,と具体的に挙げてくださった方もいらっしゃいました。

表1.質問3の回答(複数回答可)

FN患者に対する初期治療については,診療ガイドラインに以下のアルゴリズムが掲載されています3

図2.FN患者に対する初期治療のアルゴリズム



今回の症例でも,まずは血液検査と同時に血液培養を提出。血算の結果が判明するまでの間に,追加の問診や身体診察を行い,尿検査と胸腹部単純CTを施行しました(画像検査について,ガイドライン3では「必要に応じて胸部X線写真」「感染巣を疑う症状・徴候があればCTなどの画像検査をそのときの状況に応じて」撮影することを推奨しており,CTは必須ではありませんが,救急外来では熱源検索として撮影することが多いかと思います)。

病歴聴取や身体診察が重要であることは,一般的な感染症と同じです(感染症以外でも同じですね)が,特にFNを疑った際の診察ポイントとして,以下のAIUEOS(あいうえおず)は有名な覚え方かと思います4

表2.FNを疑った際の診療ポイント

※肛門は,消化管の出口=大腸,肛門周囲も指す
※上部消化管は,消化管の入口=咽頭部,歯周囲,食道も指す

ただし「肛門」の診察は,粘膜損傷から感染のおそれがある直腸診を避け,外観の観察に留めることが推奨されています。ちなみに,直腸温の測定も,肛門・直腸を傷つけて感染源になる危険性があり,好中球減少時は望ましくないとされます3
一方,FNでは特異的な症状・所見を呈さない患者さんも多く,症状・所見が乏しいからといって感染症を否定することはできません。FNが基本的に「不明熱」の形で発症することはよく知られている通り3,4,FN患者で特異的な感染臓器・微生物が明らかになるのは20~30%程度に過ぎません。

発熱性好中球減少症の中でも,敗血症/敗血症性ショックは緊急性の高い病態であり,その兆候があれば蘇生が必要ですが,幸いこの症例は循環動態が保たれており,Lactateの上昇や臓器障害を示唆する所見もありませんでしたので,補液を急ぐ必要はなさそうと判断しました。

FNでは血液培養を提出して,できるだけ早く抗菌薬を投与することが求められます。全てのFN患者には,エンピリックな広域抗菌薬を,血液培養を提出した後,ただちに,その他の検査が完了していなくても,投与すべきです6。American Society of Clinical Oncologyのガイドラインも,FNを呈する全ての患者には,広域抗菌薬を,来院から60分以内に投与することを提唱しています7
患者さんが来院して,受付をして,トリアージを受けて,研修医が問診・診察,検査を考えて提出して…と普通に(FNのリスクを認識せずに)診察していると,60分なんてあっという間に経ってしまいますよね。目標を達成するには,診察している医師だけではなく,救急外来でチームとして対応する必要があることが分かります。

まずは,好気性グラム陰性桿菌をターゲットとして,抗緑膿菌作用のあるβラクタム薬を単剤で,経静脈投与することが推奨されます3,4

ただし多剤耐性グラム陰性菌が問題になることはあり,各施設の分離菌のアンチバイオグラムを考慮して抗菌薬を選択する必要があります。特に以下の状況では,βラクタム薬に加え,アミノグリコシド系抗菌薬を考慮することがIDSAガイドラインでも言及されています8

① 敗血症性ショックや肺炎などの重症感染症
② 緑膿菌感染症の既往や壊疽性膿瘡など緑膿菌感染症のリスクが高い
③ 施設の分離菌のアンチバイオグラムや過去の培養結果から,
     耐性のグラム陰性菌が原因微生物として疑われる


バンコマイシンなどの抗MRSA薬を初期治療薬として投与することは推奨されておらず,グラム陽性球菌は検出・同定されてから治療対象とする4,あるいは強く疑われる状況において検討されます。以下の状況では,βラクタム薬に抗MRSA薬併用を考慮することがIDSAガイドラインで言及されています8

① 血行動態が不安定な重症感染症
② 血液培養でグラム陽性菌を認め,その感受性が判明するまで
③ 重症のカテーテル感染症が疑われる
④ 皮膚・軟部組織感染症
⑤ MRSA,ペニシリン耐性肺炎球菌を保有している
⑥ フルオロキノロンを予防内服した患者で重症の粘膜炎を伴う


さて,ここまで述べた通り,FNの治療の基本は「静注抗菌薬による入院治療」ですが,重症化するリスクが低い患者さんでは,「経口抗菌薬による外来治療」を考慮できる場合もあります。図2のアルゴリズムで左側にある「低リスク」患者さんがそれに当たり,リスク評価に頻用されるのがMASCCスコア(The Multinational Association for Supportive Care in Cancer Risk Index)です9。表3の項目をスコア化し,21点以上は低リスク,20点以下は高リスクと評価されます。


表3.MSACCスコア

低リスク患者は,患者側の要因・病院側の要因を満たせば,外来での治療対象の候補となりますが,MSACCスコアによる低リスク群でも,約10%に重症化の可能性があることに注意が必要です10。「経口抗菌薬による外来治療」は,化学治療に精通した腫瘍専門医が,理解のある協力的な患者に対してのみ,考慮すべきとされています。

本患者さんのその後の経過です。
■SARS-CoV-2抗原:陰性
■血液・生化学検査:
WBC 2,000/μL,Hb 8.9 g/dL,血小板 11.2万/μL,好中球 300/μL,リンパ球 1,700/μL,
総蛋白 6.1 g/dL,アルブミン 3.6 g/dL,AST 5 IU/L,ALT 8 IU/L,LDH 129 IU/L,ALP 45 IU/L,γ-GTP 33 IU/L,CPK 51 IU/L,総ビリルビン 0.3mg/dL,BUN 18.1 mg/dL,クレアチニン 0.60 mg/dL,Na 141 mmol/L,K 3.7 mmol/L,Cl 108 mmol/L,血糖102 mg/dL,CRP 3.93 mg/dL. 
■胸腹部単純CT:熱源となるような異常を認めない

好中球は300/μLと低下しており,熱源を特定できるような検査所見はありませんでした。
血液培養を提出した後で,セフェピムの投与を開始し,入院を相談するために主診療科(産婦人科)に相談をしました。
産婦人科医は入院加療を勧めましたが,ご本人は外来治療を希望されていました。MASCCスコアを計算すると23点で,低リスクではあり,重症化の可能性があることは患者さん・ご家族とも十分に理解され,必要な場合の外来受診も可能なことを確認できたため,外来治療を行うこととなりました。

Take Home Message
●発熱性好中球減少症(FN)は内科エマージェンシー
●時間を意識して迅速に対応する
-FNのリスクがある患者さんを早期に見極め,動き始める 
-迅速に検査を進め,抗菌薬投与が遅れないように
●初期治療の基本は,抗緑膿菌作用を有するβラクタム薬の単剤投与


今回も様々な職種の方に参加いただきました。ありがとうございました。


<参考文献>
1. Bell MS, Scullen P, McParlan D, et al. Neutropenic sepsis guidelines. Northern Ireland Cancer Network, Belfast 2010. p1-11.
2. Uptodate: Overview of neutropenic fever syndromes.
3. 日本臨床腫瘍学会編集:発熱性好中球減少症(FN)診療ガイドライン(改訂第2版).南江堂, 2017.
4. 青木眞.レジデントのための感染症診療マニュアル第4版.医学書院,2020
5. Rosa RG, Goldani LZ. Cohort study of the impact of time to antibiotic administration on mortality in patients with febrile neutropenia. Antimicrob Agents Chemother. 2014;58(7):3799-3803.
6. Link H, Böhme A, Cornely OA, et al. Antimicrobial therapy of unexplained fever in neutropenic patients--guidelines of the Infectious Diseases Working Party (AGIHO) of the German Society of Hematology and Oncology (DGHO), Study Group Interventional Therapy of Unexplained Fever, Arbeitsgemeinschaft  Supportivmassnahmen in der Onkologie (ASO) of the Deutsche Krebsgesellschaft (DKG-German Cancer Society). Ann Hematol. 2003;82 Suppl 2:S105-S117.
7. Flowers CR, Seidenfeld J, Bow EJ, et al. Antimicrobial prophylaxis and outpatient management of fever and neutropenia in adults treated for malignancy: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline. J Clin Oncol. 2013;31(6):794-810.
8. Freifeld AG, Bow EJ, Sepkowitz KA, et al. Clinical practice guideline for the use of antimicrobial agents in neutropenic patients with cancer: 2010 update by the infectious diseases society of america. Clin Infect Dis. 2011;52(4):e56-e93.
9. Klastersky J, et al. Outpatient oral antibiotics for febrile neutropenic cancer patients using a score predictive for complications. J Clin Oncol 2006;24:4129-34.
10.Klastersky J, Paesmans M, Rubenstein EB, et al. The Multinational Association for Supportive Care in Cancer risk index: A multinational scoring system for identifying low-risk febrile neutropenic cancer patients. J Clin Oncol. 2000;18(16):3038-3051.