2022.05.09

EMA症例132:4月症例 解説

2022 年4 月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。
4月30 日時点で質問に回答をいただいた方は 191 名いらっしゃいました。
皆様の回答の集計結果を紹介します。

質問1:問診票の情報からどんな疾患を疑いますか?


質問2:現時点で最も疑わしい疾患・外傷はなんですか?(自由記載)


質問3:次に何の検査・治療をしますか?(選択3つ)

 

質問4:本患者の対応について、どうしますか?(単一回答)


質問5:あなたの属性は?



その後の症例の経過:

 病歴・理学所見から右大腿動脈穿刺による仮性動脈瘤と診断、入院治療の方針とした。救急外来で盲目的圧迫止血による止血を試みたものの、疼痛が強く十分な圧迫止血ができなかった。この為、エコーガイド下に動脈瘤を穿刺しないように注意しながらキシロカインによる局所麻酔を行うと共に、ブプレノルフィン 0.2mg静注とデクスメデトミジン0.5μg/kg/hrで持続静注したところ、十分な鎮痛が得られた。トラネキサム酸1000mg静注した上で、エコーガイド下に仮性動脈瘤内の低エコー域が消失するように圧迫止血を行った。20分程度圧迫を続けていると、内部にモヤモヤエコーが出現した。更に圧迫を続け、圧迫解除で低エコー域が拡大せず、Color dopplerでFlowが検出できなくなった事を確認した。この日は平田式止血ベルトを4時間装着、床上安静とした。

 翌朝、エコーで仮性動脈瘤の消失を確認し、安静を解除した。外来担当医に普段の様子を確認すると「キーパーソンの妻が高齢ながらもしっかりしており、いつも外来では一緒に受診していた」との情報を聴取した。この為、同居の妻に説明をするために電話連絡を試みるも繋がらず、隣町に住む娘に電話し、病状を説明した。娘曰く、来院6日前に妻が他院に救急搬送され、入院したとのことだった。電話連絡で安否は確認していたが、最終接触は妻の救急搬送時のみであった。

 その後、入院に必要な物品を取って来院した娘から常用薬を受け取ったが、残薬がバラバラであり、抗血小板薬と抗凝固薬が計算より減っていた。普段の生活状況を掘り下げて聞いてみると、妻が患者の生活を支えていた老老介護の夫婦であり、ここ数日のものだと思われる腐敗した食品が自宅内に散在しており、自宅内は暖房が点きっぱなしでサウナのように暑かった。

 頻回受診の原因となった高体温はうつ熱であり、認知症による問題行動の結果であったと判断した。抗凝固療法の調整によりPT-INRとAPTTの延長は改善した。その後仮性動脈瘤の再燃認めず、 ロングショートステイとして施設退院となった。

解説:

1.頻回受診患者に対して、誤診や合併症のリスクを意識して診療できるようになる

 本邦における頻回受診者とは「1ヶ月で同一医療機関に 15 回以上受診している患者」と定められます(文献1)。このような受療行動には、①慰安目的で受診している、②精神疾患や認知機能に課題がある、③医師の指示が理解できていない、④本来は入院治療が適当、など様々な背景が考えられています。類縁概念としてFrequent caller(意訳:救急車をよく呼ぶ人)と言う概念がありますが、やはり背景に精神社会的な問題が存在する症例が多いとされています(文献2)。

 一方、本症例はこれまでに頻回受診のエピソードはありませんでした。Behavior-based medical diagnosis(意訳:患者受領行動からの診断)の観点からは受診回数の増加や予約外・時間外受診は症状の悪化を、普段と異なる受診様式は重要疾患の可能性を示唆するとされています(文献3)。つまり、これまでになかった受療行動自体が何かしらの異常を示唆する所見であると考えられました。本症例は定義上は頻回受診者でも Frequent callerでもないものの、受診頻度の増加自体から本人に何かしらの異常が生じていると考えられても良かったのかも知れません。

2.動脈穿刺の合併症に注意した圧迫止血ができる

 大腿動脈穿刺後仮性動脈瘤の報告頻度は0.05〜6%と幅があるものの、血管内治療の世界では「使用するカテーテルが太くなったことで発生件数が増加した」と言うのが定説(文献4, 5)であり、ERでの大腿動脈採血との関連は薄いように思われます。その他に仮性動脈瘤形成のリスクとして「抗凝固薬使用」「穿刺部位が不適切」「圧迫止血が不十分」「併存症(高血圧・糖尿病・動脈硬化)」「喫煙」「肥満」などが知られており(文献6)、これらはERでの合併症リスクを予測する上で重要と考えます。

 仮性動脈瘤を作らない最大のポイントは、リスクを把握した上で、適切な点で穿刺し、十分に圧迫止血を行うことと言えるでしょう。御存知の通り、適切な穿刺点とは総大腿動脈であり、通常は鼠径靭帯中点の内側、且つ、鼠径靭帯の二横指下となります(図1)。これより頭側では外腸骨動脈穿刺となる可能性があり、そもそも皮膚表面から血管までが深く圧迫止血が困難であり、出血をきたす可能性が高く、大変危険と考えられています。逆に尾側では浅大腿動脈穿刺となり、動静脈瘻を形成したり、背側に骨がない事から十分圧迫止血ができない可能性があると言われています。時折、鼠径溝と鼠径靭帯を誤認してメルクマールを設定している場面を見掛けますが、鼠径溝と鼠径靭帯の間には0〜11cm程度の距離があると報告されています(文献7)。つまり、このように穿刺点を設定した場合、動脈に当たるかも知れませんが、動静脈瘻を形成したり仮性動脈瘤を形成する可能性があることを心得るべきでしょう。実際、殆どの症例で何事も無く経過しますが、有害事象を生じれば本来必要無かった入院や処置が発生する可能性がある、と言うことです。「たかが鼠径穿刺、されど鼠径穿刺」と合併症を避けるべく適切な穿刺点の設定を肝に銘じるべきと考えます。

 

図1:大腿動静脈とランドマークの関係

 尚、圧迫止血の方法については様々な方法がありますが、ここでは大腿動脈シース抜去時の圧迫方法を参考までに記載します。

方法1:
1.穿刺部を最尾側に三横指分の幅を「拍動が消失する」程度の圧力で3分圧迫する。
2.全ての指を均等に緩めて「スリル無しに拍動が触れる」程度の圧力で3分圧迫する。
3.3分かけて全ての指の圧力を均等に緩めていき、外出血がないことを確認する。

方法2:
1.穿刺部を最尾側に三横指分の幅を「スリル無しに拍動が触れる」程度の圧力で3分圧迫する。
2.均等な圧力を保ったまま、最も頭側の指から3分ずつに外していく。
3.最後の指は1分かけて圧力を緩め、外出血がないことを確認する。

 言うまでも無い事ですが、止血確認した事を適切に確認するのも非常に重要です。外出血せず肉眼的に血腫がないことを確認する事は必要不可欠として、可能であればエコーで評価を追加することも検討して良いでしょう。穿刺部の皮下血腫がないことを確認し、もしも血腫らしい陰影を認める場合には、同部と大腿動脈の間にDopplerが乗らないことを確認しておきましょう。もしDopplerが乗る場合には止血不十分であり、仮性動脈瘤への進展前に追加で圧迫止血を行える可能性があります。「全例でエコーにて止血を確認するのは現実的ではない」と言う声もあるでしょうが、特にリスクの高い症例などに限って適応するなどの方法も検討できるでしょう。一度起これば取り扱いの難しい合併症であり、これらの検査閾値については院内でのコンセンサスを形成しておくのが望ましいでしょう。

3.仮性動脈瘤形成時に初期対応ができる

 仮性動脈瘤の初期対応としてはエコーガイド下圧迫止血法(ultrasound-guided compression:UGC)が第一選択となります。名前の通り、エコーで動脈瘤を観察し、動脈瘤内血流が停滞する、もしくは、動脈瘤頸の血流が遮断される程度の外力で圧迫する方法です(文献8)。血栓化に成功するまでに10〜60分程度(平均30分)を要するとされ、成功率80%程度でコストも低く、第一に試すべき方法とされます。尚、手技に際しては術者の疲弊や患者の苦痛が問題となるので、2人以上の術者で10〜20 分毎に交代しながら行う、十分な鎮痛・鎮静を行うのがコツでしょう。

 その他の方法として、エコーガイド下に動脈瘤を直接穿刺してトロンビンを注入する方法(ultrasound-guided thrombin injection:UGTI)や動脈瘤周囲に生食を注入する方法(para-aneurysmal saline-injection)などがあるものの、最終的に収拾がつかない場合には外科的血管形成術の適応となります。仮性動脈瘤を形成してしまった鼠径部のエコーガイド下穿刺は通常の穿刺に比して明らかに難易度が高く、修練を積んだ術者にて行われる必要があります。またトロンビンの血管内注入が根本的に適応外使用である事や母血管の血栓閉塞リスクが高い手技であることなどを踏まえると、ERで使える方法としてはエコーガイド下圧迫止血法までが上限で、これで対応できない仮性動脈瘤に対しては専門家への相談が必要と考えます。あまり考えたくはない話題ですが、可能であればこのような症例においては早期に血管外科やIVR医と相談して方針を決めておくことが望ましいでしょう。

Take home message:
①    頻回受診患者に対して、誤診や合併症のリスクを意識して診療しよう。
②    動脈穿刺の合併症に注意し、適切な位置で穿刺し、十分に圧迫止血をしよう。
③    仮性動脈瘤形成時には超音波ガイド下圧迫止血で初期対応しつつ、次の方策を専門科と相談しよう

追記:
仮性動脈瘤の血栓化前後でFigureを提示した文献として次がある。参考にされたし。
Rashaideh MA, Janho KE, Shawaqfeh JS, Ajarmeh E, As'ad M. Ultrasound-guided thrombin injection versus ultrasound-guided compression therapy of iatrogenic femoral false aneurysms: Single center experience. Med J Armed Forces India. 2020;76(3):293-297. doi:10.1016/j.mjafi.2019.09.004

またRadiopediaでも複数の画像情報が提供されている。合わせて参考にされたし。
https://radiopaedia.org/articles/femoral-artery-pseudoaneurysm

参考文献:

  1. 頻回受診者に対する適正受診指導について-厚生労働省(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta8841&dataType=1;最終アクセス2022年5月1日)
  2. Agarwal G, Lee J, McLeod B, et al. Social factors in frequent callers: a description of isolation, poverty and quality of life in those calling emergency medical services frequently. BMC Public Health. 2019;19(1):684. Published 2019 Jun 3. doi:10.1186/s12889-019-6964-1
  3. 志水太郎(監)、綿貫聡(監)、和足孝之(監):診断エラー学のすすめ. 日経BP, 2021, p.41-43
  4. Roberts SR, Main D, Pinkerton J. Surgical therapy of femoral artery pseudoaneurysm after angiography. Am J Surg. 1987;154(6):676-680. doi:10.1016/0002-9610(87)90242-x
  5. Kim D, Orron DE, Skillman JJ, et al. Role of superficial femoral artery puncture in the development of pseudoaneurysm and arteriovenous fistula complicating percutaneous transfemoral cardiac catheterization. Cathet Cardiovasc Diagn. 1992;25(2):91-97. doi:10.1002/ccd.1810250203
  6. Stone PA, Campbell JE, AbuRahma AF. Femoral pseudoaneurysms after percutaneous access. J Vasc Surg. 2014;60(5):1359-1366. doi:10.1016/j.jvs.2014.07.035
  7. Irani F, Kumar S, Colyer WR Jr. Common femoral artery access techniques: a review. J Cardiovasc Med (Hagerstown). 2009;10(7):517-522. doi:10.2459/JCM.0b013e32832a1e00
  8. Fellmeth BD, Roberts AC, Bookstein JJ, et al. Postangiographic femoral artery injuries: nonsurgical repair with US-guided compression. Radiology. 1991;178(3):671-675. doi:10.1148/radiology.178.3.1994400


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