2021.10.28

EMA症例126:10月症例解説

教育班10月の症例,いかがでしたでしょうか。今回も約140名と沢山の皆様にご参加いただきました。

 回答いただいた方の属性は以下の通りです。専攻医の皆さん,沢山参加してくださりありがとうございます!「その他の医師」としては産科医,小児科医,放射線科・IVR医が,「医師以外」では看護師,救命救急士,診療放射線技師と,幅広い属性の方に参加いただきました。

設問4. あなたの属性は?

 

 

早速ですがまず,設問1・2について,皆さんの回答をお示しします。

 設問1. 「優先的に行いたい問診・診察、検査はありますか?」の回答(単位:人,複数回答あり)

 問診の詳細としては,「以前から同様の痛みを自覚することがあり,入院歴もある」という点に注目された方が多く,過去の胸痛の詳細,前回の診断病名などの回答がありました。心筋炎を意識した「先行感染・感冒症状の有無」,心膜炎を念頭においた「姿勢による症状の変化」「吸気・呼気での症状の変動」も複数名から挙がりました。

診察の詳細としては,胆嚢炎・胆管炎を念頭においた腹部の診察関連の回答が多かったです(細かく圧痛を評価,Murphy徴候など)。

 

設問2.「どのような疾患を鑑別の上位に挙げますか?」の回答(単位:人,複数回答あり)

グラフには10名以上の回答があった疾患を記載しましたが,その他に縦隔気腫,胆嚢炎・胆管炎(鎌状赤血球症の胆石を意識されたものを含む),肺炎,鎌状赤血球症自体の症状等も挙がりました。

 

「胸痛」は言うまでもなく救急外来におけるcommonな訴えであり,かつ見逃してはならない致死的疾患が多く含まれます。20歳代と若い患者さんですので,一般的には心筋梗塞や大動脈解離など致死的な心血管系疾患の可能性は低いものの,今回の患者さんが訴える「激痛」というのは,それらを積極的に疑うべきキーワードです。頻呼吸やSpO2低下から肺塞栓も疑う必要があります。皆さんからの回答にも,これらkiller chest painが並びました。

発熱を伴うことや胸部レントゲンでややうっ血しているように見えることから,心膜炎・心筋炎も上位でした。そして特徴的な既往である鎌状赤血球症に注目した,急性胸部症候群や疼痛発作の回答も多く挙げていただきました。

 その中で今回の症例は,鎌状赤血球症患者さんの「急性胸部症候群(Acute chest syndrome; ACS)」でした。

※ACSと言えば,Acute coronary syndromeを思い浮かべると思いますが,今回はAcute “chest” syndromeです。紛らわしいので「急性胸部症候群」と表記していきます。

 

<鎌状赤血球症と痛み>

今回の症例では,患者さんが外国人(しかもウガンダ人という珍しい設定)であること,鎌状赤血球症の既往があることに注目された方は多いと思います。鎌状赤血球症は,溶血性貧血と血管閉塞を特徴とする疾患です。本邦では非常に稀ですが,世界では毎年30万から40万例の新生児が発症しており,大部分はアフリカで生じています。

鎌状赤血球症の代表的な症状として,血管閉塞・虚血による「疼痛発作(Acute painful episodes)」があり,疼痛発作は鎌状赤血球症の患者が医療機関を受診する最も多い原因です。症例の「以前から同様の痛みを自覚することがあり,入院歴もある」という病歴は,疼痛発作を繰り返していることを示していました。もちろん「痛み」は鎌状赤血球症そのものの症状の場合もあれば,他の重大な合併症の症状である場合もあるため注意が必要です。皆さんが挙げてくださった通り,killer chest painをはじめとした他疾患を除外するための診察や検査も必要ということですね。

※なお痛みの発作を表す用語についですが,"crises"よりも"painful episodes"あるいは"acute pain episodes"を使うという記載があり「疼痛発作」に統一しています1。設問2の回答も「疼痛発作」にまとめています。

 

<急性胸部症候群>

そして,「急性胸部症候群」は『発熱 and/or 呼吸器症状を呈し,胸部レントゲンにおいて新規浸潤影を伴うもの』と定義されています2。50%以上に疼痛発作が先行する,あるいは同時に生じるとされますので,急性胸部症候群は,痛みを訴える鎌状赤血球患者の重要な鑑別です。鎌状赤血球症の主な死因であり,迅速な治療(特に鎮痛については,迅速に適切かつ十分に行うべきということが強調されています)が必要ですが,よく知られていません。

私自身,鎌状赤血球症を診たのはこの症例が初めてでしたし,急性胸部症候群についても勉強不足でほとんど知りませんでした。教育班の中でも多くの先生が「記憶の彼方の病気…」とコメントしていました。

しかし,日本に住んでいる,あるいは訪れる外国人はますます増加し,救急外来で外国人の診療をする機会は珍しくないと思います。日本では少ないけれど世界的にはcommon diseaseというのは,知っておいて損はなさそうです。また,知らなければ挙がらない疾患(なかでも致死的になり得る疾患)を知っていることもER医の腕の見せ所!ということで,取り上げてみました。

 

◎症状・所見

急性胸部症候群は,「発熱,胸痛,呼吸器症状等を呈し,新規の肺野浸潤影を伴う症候群」です。その誘因は多因子であり,感染症,血管閉塞,脂肪塞栓,換気低下(痛みによって十分に換気ができない,あるいはオピオイドによる換気低下にも注意),無気肺,肺血栓塞栓症などが関わります2,3。しばしば強い疼痛発作に関連して発症し2-4,疼痛の部位は胸部だけでなく,背部,四肢,腹部にも及びますが,特異的な身体所見はありません。低酸素の悪化,呼吸数の増加,神経所見は重症化を示唆しますので,モニタリングが必要です。

発熱や胸痛を呈する疾患は無数にありますので,他の見逃してはいけない疾患を鑑別しつつ,鎌状赤血球症患者に特有な急性胸部症候群の可能性を念頭に置き,迅速に対応することが求められます。

 

◎検査

・疼痛の評価
まず痛みについてですが,「疼痛評価のゴールドスタンダードは自己評価(自覚症状)である」ということが強調されています。身体所見や血液検査は疼痛の評価に有用でなく,貧血や溶血の程度を指標にしてはいけません3

・胸部レントゲン
急性胸部症候群の定義に「胸部レントゲンにおいて新規浸潤影を伴うもの」が含まれますので,画像評価は必要です。ただし,たとえ画像が正常であったとしても,合致する症状があれば急性胸部症候群の疑いを持つべきである,とも述べられています2。また胸部レントゲン多数の肺葉にかかる所見があることは,重症化の予測因子です2,5。胸部CTやV/Qスキャンニングは急性期には役立ちませんが,肺塞栓を強く疑う場合には造影CTが推奨されます2

・血液検査
血液検査で診断を付けることはできませんが,血小板減少,ヘモグロビン減少は重症化の予測因子となりますのでモニターする必要があります2。低酸素も診断に必須ではありませんが,重症化の予測因子ではあるため,動脈血液ガスでの評価は考慮されます5

 

◎治療

設問3. への回答は以下の通りです。「その他」にはケタミン,L-グルタミン,輸血など,鎌状赤血球症を念頭においた回答がありました。

       
急性胸部症候群の急性期の治療として,鎮痛,補液,酸素,抗菌薬,輸血,気管支拡張薬などが挙がります。

急性胸部症候群のリスク(再発)を減らすためのマネージメントとしては,小児期の予防的抗生剤・予防接種,ヒドロキシコバラミンの投与,輸血,それらの効果がない場合の造血幹細胞移植もありますが,今回こちらは割愛し,急性期の治療について以下に述べていきます。

 

・鎮痛
ここまでにも述べた通り,鎮痛は重要で,「全ての急性胸部症候群患者は適切で十分な鎮痛をされるべき」と強調されています。

鎌状赤血球症の患者は,病院外(自宅など)でも自己にて疼痛コントロールを行っていることが多く,自己調節鎮痛法(patient-controlled analgesia; PCA)としてオピオイドもよく用いられます。そのような患者さんが救急外来を受診したということは,自宅で対処困難なほどの強い痛みが出現したと考え,迅速に対応すべき状況といえます。

鎮痛剤はできるだけ早期に投与すべきで,できれば30分以内を目指します3。強い痛みに対してはオピオイドを要することが多いとされ,NICEガイドラインに従ってオピオイドを使用すること2,6,経静脈的なモルヒネ(0.1-0.15mg/kg)の投与などが推奨されます。オピオイドの種類については,「痛みの種類や予想される期間に応じて使用する」という記載がありますが、モルヒネについて記載されているものがほとんどです。小児では経鼻でのフェンタニルが有効という報告もあります7

鎮痛剤を使用した後も,頻繁に自覚症状を再評価し,必要であれば鎮痛剤を追加し,それでも改善が乏しい場合は入院も考慮されます。

オピオイドのうち,モルヒネを選択する明確な理由の記載は見つけられなかったのですが,上述のように繰り返し鎮痛剤を要するような急性胸部症候群の痛みに対しては,作用時間が比較的長いモルヒネが適しているかと思います。あるいは使用経験が多いという要素もありそうです。さらに,患者さんは基本的に自宅などで疼痛コントロールをしていることから,帰宅・退院後の管理を見据えて経口薬があるモルヒネを優先するのかもしれません。(この段落については,明確な文献や記載が見つけられず,教育班で考えた内容です。また,もし現場の事情等をご存じの方がいらっしゃったら教えていただけると幸いです。)

また患者自身に,「最近の疼痛エピソードに対して,どのような鎮痛(薬剤,量)を使ったか」を尋ね,用いる鎮痛剤の種類・量として考慮することも推奨されています6

禁忌が無ければ,オピオイドに加えて,アセトアミノフェンやNSAIDsを投与することも推奨です6。さらに,オピオイド以外の選択肢としては,ケタミンも候補となります。十分量のオピオイドに加えて5μg/kg/minのケタミンを投与することで,痛みの程度を軽減し,オピオイドの使用量を減らすことができたという報告があります8

鎮痛に関連して,鎌状赤血球症患者に「薬物乱用や依存は少ないが,そのことが知られていない」という記載もありました。「身体所見や検査結果に異常がないのに,痛みを訴えて鎮痛剤を求めている」→「薬物依存では?」と考えてしまうかもしれませんが,それは不適切であるということです。日本で薬物依存に出会う機会はそこまで多くないと思いますが,外国では麻薬の乱用・依存は深刻な問題であるため,このような記載があるのですね。

 ・補液
脱水を予防するため,補液も実施されます。一方で,ボリューム過多や肺水腫は急性胸部症候群を悪化させますので,水分バランスをしっかりとモニタリングする必要があります。

 ・酸素
疼痛発作に対してルーチンで使用することは推奨されていませんが,急性胸部症候群の場合,特に呼吸不全がある場合にはもちろん使用します。今回の症例はSpO2低下がありますので,多くの皆さんが選択してくださったように投与が必要そうです。

 ・抗菌薬
肺炎をはじめとした感染症は急性胸部症候群の誘因としてcommonであるため,抗菌薬を使用すべきとされます。起炎菌としては市中肺炎を引き起こす細菌を念頭に,第三世代セフェム+マクロライド,あるいは第4世代キノロンが一般的です2

抗ウイルス薬は,臨床的にH1N1が疑わしければ使用すべきとされます2

 ・輸血
輸血の有用性についてランダム化試験はなく,輸血を行うべき絶対的な基準はありませんが,重症度や急性胸部症候群の増悪の程度(例えば呼吸努力の増強や,ヘモグロビン低下の程度)によって,輸血の要否や方法(通常の輸血か,交換輸血か)を検討します9

軽度の症状であれば輸血は要しませんが,低酸素を呈する患者にはその改善のために輸血が考慮されます2,5。重症の場合や,通常の輸血にも関わらず状態が悪化する場合には,交換輸血が必要な場合もあります。

また,急性胸部症候群の程度によらず,重症の貧血がある場合には輸血を施行すべきです。

 ・気管支拡張薬
気管支拡張薬は、喘息の既往やそれを示唆する所見があれば使用すべきです2。また喘息の既往がない場合にも、症状が改善したという報告もあり,使用が考慮されます6

 

<Take Home Message>

  • 鎌状赤血球症は,日本人には稀だが世界的にはcommonな疾患。あなたの救急外来を受診するかも!
  • 鎌状赤血球症患者は「疼痛発作」を主訴に救急外来を受診することがある。
  • 疼痛を伴う「急性胸部症候群」が生じることがあり,鎌状赤血球症の主な死因になり得る。
  • 迅速な鎮痛が必要で,オピオイドを積極的に使用することが推奨されている。
  • 他の致死的胸痛を除外しながら,対応できるようになろう。

 

<アンケート>

宜しければ、アンケートにもご協力お願いいたします。

 

<参考文献>

  1. Michael R DeBaun. Acute vaso-occlusive pain management in sickle cell disease. In: UpToDate, Elliott P Vichinsky (Ed). (Accessed on October 23, 2021.)
  2. Howard J, Hart N, Roberts-Harewood M, et al. Guideline on the management of acute chest syndrome in sickle cell disease. Br J Haematol. 2015;169(4):492-505. doi:10.1111/bjh.13348
  3. Yawn BP, Buchanan GR, Afenyi-Annan AN, et al. Management of sickle cell disease: summary of the 2014 evidence-based report by expert panel members. JAMA. 2014;312(10):1033-1048. doi:10.1001/jama.2014.10517
  4. Vichinsky EP, Neumayr LD, Earles AN, et al. Causes and outcomes of the acute chest syndrome in sickle cell disease. National Acute Chest Syndrome Study Group. N Engl J Med. 2000;342(25):1855-1865. doi:10.1056/NEJM200006223422502
  5. Vichinsky EP, Styles LA, Colangelo LH, Wright EC, Castro O, Nickerson B. Acute chest syndrome in sickle cell disease: clinical presentation and course. Cooperative Study of Sickle Cell Disease. Blood. 1997;89(5):1787-1792.
  6. Surveillance report 2016 – Sickle cell disease: managing acute painful episodes in hospital (2012) NICE guideline CG143. London: National Institute for Health and Care Excellence (UK); August 30, 2016.
  7. Kavanagh PL, Sprinz PG, Wolfgang TL, et al. Improving the Management of Vaso-Occlusive Episodes in the Pediatric Emergency Department. Pediatrics. 2015;136(4):e1016-e1025. doi:10.1542/peds.2014-3470
  8. Palm N, Floroff C, Hassig TB, Boylan A, Kanter J. Low-Dose Ketamine Infusion for Adjunct Management during Vaso-occlusive Episodes in Adults with Sickle Cell Disease: A Case Series. J Pain Palliat Care Pharmacother. 2018;32(1):20-26. doi:10.1080/15360288.2018.1468383
  9. Ballas SK, Lieff S, Benjamin LJ, et al. Definitions of the phenotypic manifestations of sickle cell disease. Am J Hematol. 2010;85(1):6-13. doi:10.1002/ajh.21550