2021.08.05

EMA症例123:7月症例解説

今回は肺に基礎疾患がある患者さんで呼吸状態が非常に悪い場合に酸素投与法をどのようにするか?という問題でした。回答数は130件で、その分布をお示しします。看護師や救命士、臨床工学士、診療放射線技師などの職種を含め多様性に富む回答者となっています。



救急外来では多くの場面で酸素投与の要否を問われることと思いますが、どのような方法で、どの程度与えるのがよいか?と考えたことはあるでしょうか。今回は設問に沿って解説を進めていきたいと思います。

設問1 この患者の分時換気量(L/分)はどの程度だと予測されますか?数値でご回答ください。

設問1は分時換気量(L/分)の算出問題でした。みなさんからの回答の分布を示します。

 

安静時の分時換気量は1回換気量と呼吸回数から簡単に求められ、次の式になります。

 分時換気量=1回換気量×呼吸回数

成人の安静時における1回換気量は理想体重×6mL/kgです。
理想体重は以下の式より算出します。

男性:50+0.9×〔身長(cm)-152〕
女性:45.5+0.9×〔身長(cm)-152〕

本症例では身長172cmの男性でしたので理想体重=68kgとなりますから、1回換気量は、

1回換気量=68kg×6mL/kg=408mL

となります。

呼吸回数は38回/分でしたから、安静時と仮定すると

分時換気量=408mL×38回/分=15,504mL≒15.5L

となります。実際には努力呼吸時は1回換気量が増大することがありますので、この計算値よりも分時換気量は多いことが予測されます。


さて、なぜ分時換気量を求めたのかといいますと、設問2における酸素投与法を考える上で分時換気量を考えておくと、より理論的に適正な酸素投与法を選択することができるからです。

この患者は既に3L/分の鼻カヌラ(経鼻酸素)で酸素投与されていましたが、頻回の努力呼吸がみられ「苦しい」と訴えています。SpO2の値も90%程度を指していますが、SpO2 90%と93%のPaO2の差が10mmHgであるのに対し、そこから10mmHg低下するとSpO2は85%まで急激に低下します。これはヘモグロビン酸素解離曲線の示す値で知られています(表1)が、PaO2の値とSpO2の値は直線上の関係にないため注意が必要です。

表1 ヘモグロビン酸素解離曲線の示す値 酸素飽和度と酸素分圧

SpO2(%) 75 85 88 90 93 95 98
PaO2(mmHg) 40 50 55 60 70 80 104

この症例では、今後さらなる呼吸状態の悪化によって急激に酸素化不良が起きる可能性があるというケースになります。

さて、こういった状況で呼吸苦が改善せず、頻呼吸もあり呼吸補助筋を使用した努力呼吸となっている患者さんを前に、救急外来ではどのような行動をとるのが適切なのでしょうか。設問2の回答をお示しします。

実際にはいろいろやりながら最適解を探っていくことも多いと思いますが、今回は設問1の回答を使って考えていきます。設問1では分時換気量が15.5Lとなっていました。一時的にでも呼吸苦の改善を見込んで酸素マスクやリザーバー付き酸素マスクを考えた方もあるかもしれません。特にリザーバー付き酸素マスクは100%酸素を投与できる方法の1つですから、よく使われていると思います。

しかし、仮に15L/分でリザーバー付き酸素マスクで酸素投与を行うと、この患者さんは次第に苦しくなることが考えられます。それは2つの理由があります。1つは先程の分時換気量です。リザーバー付き酸素マスクはマスクを密着させることで100%酸素を投与できるものです。そこに送られてくる酸素流量が分時換気量より少ないと、次第にリザーバー内の酸素が減っていきリザーバーが潰れてしまいます。マスクを外そうとして不穏になっている人の中には、低酸素血症が隠れていることがありますが、その原因の一つに分時換気量が15Lを超えているのに、酸素供給が追いついていない場合があります。この光景は頻呼吸の患者でよく見かけるのではないでしょうか。

もう1つの理由は流量の限界の問題です。呼吸が落ち着いた状態であればリザーバー付き酸素マスクは100%酸素を投与することができます。しかし頻呼吸状態ではそれが急にできなくなります。

これは呼吸に吸気と呼気があるためです。呼吸の1サイクルはおよそ吸気:呼気=1:2で行われます。呼気のあいだは(当たり前ですが吸えませんので)投与した酸素は無駄になっていますが、呼気の間も酸素は流れ続けています。吸気の時間は全体の3分の1に当たりますから、吸気の間にしっかりと100%酸素を送り込むためには理論的に約3倍の流量の酸素が必要になるはずです。

そういった理由で考えますとリザーバー付き酸素マスクだけでなく、ベンチュリマスクやインスピロンマスクもFIO2 100%の酸素投与は行なえません。分時換気量15.5Lの患者に真の100%酸素を投与したいとするならば、高流量が流せるハイフローネーザルカニューラか吸気時に流量を確保できるNPPV、気管挿管を選択することになります(表2)。

表2 高流量システムと可能FIO2

  酸素と空気の混合方法 混合ガス流量 可能FIO2
ベンチュリマスク

ベンチュリ装置
・空気取り込み口調節(回転式)
・酸素流出口調節(ダイリューター交換)

30L/分以上 24〜50%
インスピロンマスク

ベンチュリ装置

・空気取り込み口調節
30L/分以上(これ以下の設定では希釈される) 60%まで(酸素流量計の最大量が15L/分のため)
ハイフローネーザルカニューラ

空気酸素ブレンダー

ベンチュリ装置

6〜60L/分

20〜50L/分

21〜100%

32〜100%

 文献1より作成

本症例ではハイフローネーザルカニューラを使用し呼吸状態の改善に成功しました。COVID-19の流行で世界的に使用されるようになったハイフローネーザルカニューラについて今回解説したいと思います。

ハイフローネーザルカニューラの適応

ハイフローネーザルカニューラ(High Flow Nasal Cannula : HFNC)はネーザルハイフロー(Nasal High Flow : NHF)や、ハイフローセラピー(High Flow Therapy : HFT)など複数の名称で呼ばれますが、ここではハイフローネーザルカニューラで話を進めます。

ハイフローネーザルカニューラは酸素と空気の混合気をブレンダー(図1)という機械でブレンドして、最大60L/分の高流量で投与することができる装置です。

 
図1 流量計(左)とブレンダー(右)

適応は非常に広く、ほとんどの呼吸不全で使用可能です(表 3)。

表 3 HFNCの適応文献2,3より作成

COPDおよびCOPD急性増悪
肺炎
肺水腫
気管支喘息
急性肺損傷(肺挫傷、胸部外傷)
ARDS
抜管後の酸素吸入
気管支鏡検査中の酸素吸入
急性心不全
終末期の低酸素血症(緩和目的)
COVID-19肺炎

侵襲性が低い以外にも様々なメリットがあります。本題でとりあげた真のFIO2 100%により近い流量を投与できる他に、鼻咽頭の死腔内にたまった呼気を洗い流し、死腔換気率を減少させ酸素化を改善することです2。これには死腔内に貯留するCO2の再吸収を防ぐことでガス交換や換気効率を上げる意味があります。

HFNC中に口を閉じさせることで若干のPEEPをかけることができるのも特徴です。流量30L/分で1.93±1.25cmH20、40L/分で2.58±1.54cmH20、50L/分で3.31±1.05cmH20と報告され4、気道陽圧であることは機能的残気量が増加し肺胞リクルートメントが改善されます。

酸素投与経路が鼻であるために口を覆うものがないことから、食事や会話ができるのは入院管理上の大きな利点です。

一方、禁忌として挙げられているのは

・PaCO2>48mmHg
・顔面外傷で鼻カヌラを装着できない場合

となっています。

HFNC開始法

次の手順で開始します。

1     蒸留水を加湿器に接続し加湿加温を開始
2     鼻カニュラを装着
3     流量を30L/分以上に設定
4     SpO2 90%以上となるようにブレンダーでFIO2を調整


HFNCの注意点
・感染症を疑う場合は適切な換気条件にある部屋で使用する
 救急外来では個室で換気条件が良い部屋で使用するなどの配慮が必要です。

・加湿する
 乾燥した(あるいは加湿が不十分な)空気では     鼻腔粘膜を痛めるため加湿しながら使用し、付属の加湿器の電源も入れます。

・空気の配管が必要
 使用する部屋によっては空気の配管がないかもしれません。HFNCを使用するには酸素と空気の両方の配管が必要です。

・酸素ボンベを使用する際は残量に注意
 酸素消費が激しいため酸素ボンベから酸素を投与する場合は残量に注意が必要です。病院でよく使うボンベは酸素約500L/本のため60L/分の流量では10分持たないことになります。 短時間の移動を除いては酸素ボンベからの供給は推奨されません。


文献

  1. 富井啓介,ネーザルハイフロー療法の適応と限界. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2015年 第25巻 第 1 号 53- 57
  2. Kernick J, Magarey J. What is the evidence for the use of high flow nasal cannula oxygen in adult patients admitted to critical care units? A systematic review. Aust Crit Care. 2010 May;23(2):53-70.
  3. Long B, Liang SY, Lentz S. High flow nasal cannula for adult acute hypoxemic respiratory failure in the ED setting: A narrative review. Am J Emerg Med. 2021 Jul 3;49:352-359.
  4. Parke RL, Eccleston ML, McGuinness SP. The effects of flow on airway pressure during nasal high-flow oxygen therapy. Respir Care. 2011 Aug;56(8):1151-5.