2021.04.01

EMA症例119:3月症例解説

EMA教育班症例119、3月症例の解説編です。

今回は186名と大変多くの方から回答を頂きました。みなさま、たくさんの回答を本当にありがとうございます。ここ数年の救急科専門医試験で病院前の救急救命士との連携は頻出のテーマでもあり、救急科専攻医のみなさまの積極的な参加が印象的でした。

<設問4:属性(職種)について>
※ その他:脳神経外科、一般内科、開業医、泌尿器科、小児科、外科

 

 今回の症例は低血糖疑い症例での救急隊への指示がテーマでした。この解説では、メディカルコントロールに関する総論的な内容と、低血糖疑い症例に対する救急隊活動の標準プロトコルの紹介を中心に確認していきます。

 ● メディカルコントロール(: Medical Control, MC)とは

 メディカルコントロール(MC)とは、病院前医療の医学的な質を保証する取り組みを指します1)。このうち、活動中の救急救命士と直接通信を行って、医師が指示や助言を伝えることをオンラインMCと呼びます。それ以外の状況における指示・検証・教育をオフラインMCと呼び、後述のプロトコル策定のほか、事後検証、症例検討会、救急救命士の病院実習などが含まれます。

 オフラインMCによる指示のあり方としてプロトコルが挙げられます。プロトコルは指示書を意味し、救急救命士の活動はあらかじめ定められたプロトコルに従って行われます。つまり救急救命士が自らの判断で処置を行うのではなく、医師の指示に基づいて処置を行う仕組みです。救急救命士が行う救急救命処置も、プロトコルに示された事前指示である「包括的指示」により実施可能となります。ただし特定行為と呼ばれる一部の救急救命処置については、医師による「具体的指示」を要すると定められ、処置ごとにオンラインMCによる指示を得る必要があります。

 ● 低血糖疑い症例に対する標準プロトコル

 低血糖疑い症例に対する標準プロトコルは、平成26年1月31日に消防庁救急企画室長、厚生労働省医政局指導課長通知2)で以下のように示されています。


図1:「心肺機能停止前の重症傷病者に対する血糖測定及び低血糖発作症例へのブドウ糖溶液投与」標準プロトコル (参考文献1のp.393 図Ⅲ-2-59を引用)

 

図1の「血糖測定の判断」には適応について付記されており、「意識障害(JCS 10以上を目安とする)を認める場合」および「血糖測定を行うことによって意識障害の判別や搬送先選定などに利益があると判断される場合」の2つをともに満たす患者が適応となります。血糖測定は医師の具体的指示を必要としない包括的指示の範囲内で、対象年齢に制限はありません。一方の静脈路確保とブドウ糖溶液投与は医師の具体的指示を必要とする特定行為であり、対象は血糖測定結果が50mg/dL未満である推定15歳以上の患者です。投与する薬剤は50%ブドウ糖溶液40mLを原則としています。

この標準プロトコルを基にして都道府県や地域のMC協議会ごとに救急隊活動プロトコルが策定されます。これらのプロトコルは、各地域の実情に合わせてMC協議会のメンバーが中心となって作成され、MC圏域ごとに少しずつ差異があります。実際に、図1で取り上げた通知においても「血糖測定を行うことによって利益があると判断される具体的対象」は地域ごとにあらかじめ明確に決めることが望ましいとされています。

地域ごとの差異の例をいくつか挙げてみます。奈良県MC協議会プロトコル3)では血糖測定の対象を「意識障害を認める症例」として、「医師により血糖測定を求められれば測定実施する」という付言があります。徳島県MC協議会プロトコル4)ではブドウ糖溶液投与の対象とする血糖値を「70mg/dL未満」としています。投与する薬剤については50%ブドウ糖溶液ではなく20%ブドウ糖溶液を採用しているMC圏域もみられます。さらに、明記のない部分でも、医師の指示下でのプロトコル外の活動をどの程度許容するかについてかなり温度差があると言えます。

プロトコルをホームページなどで公開しているかどうかはMC協議会の方針によりますが、圏域内の医療機関に対しては周知が行われているはずです。周知においては、救急部門の担当者や事務の方、もしくはMC医師として登録されている先生を宛先としていると思われます。みなさまには是非とも自施設が含まれるMC圏域のプロトコルを確認していただければと思います。

● オンラインMC

プロトコルがハード面だとすれば、プロトコルを円滑に運用するためのソフト面がオンラインMCです。特定行為の指示以外にも、処置や活動の指導・助言、医療機関選定の助言の機会となります。ですから、プロトコルに明記のない判断を要する状況や、プロトコル外の活動を行うことが有益であると判断される状況では、オンラインMCによる助言が有効に働くと考えられます。

今回の症例を標準プロトコルに当てはめて考えると、患者の意識レベルはJCS 3であるため包括的指示の範囲外です。また、具体的指示は特定行為を対象とする指示なので、血糖測定には当てはまりません。つまり標準プロトコルに沿うならば、この状況で医師から血糖測定の指示を出すことはできず、オンラインMCとしてプロトコル外の活動を行うことの助言を与えるかどうかの判断となります。ただし、前述の通り地域ごとにプロトコルに差異があるので、そもそも血糖測定が包括的指示の範囲内かもしれません。このようにハード面とソフト面の双方の要素が影響しますので、ただ一つの決まった正解はありません。

これらの情報を踏まえてみなさまの回答を見てみましょう。繰り返しになりますが、決まった正解がないため、アンケートと捉えていただければと思います。なお、設問3の回答結果から、「十分理解している」「目を通したことはある」の方を「プロトコル認識」群、それ以外の方を「プロトコルこれから」群と割り付けています。

<設問1:血糖測定指示について> (数字の単位は[件](回答数))

 ※ 「その他」で頂いた意見
  ・本人用の血糖測定器があれば家族に測定を依頼するよう助言する
  ・ドクターカー要請を指示する
  ・地域MCのプロトコルに沿う

 

 「血糖測定を実施するよう伝える」の回答が162件で圧倒的多数となりました。一方の「適応外につき血糖測定を実施しない」の回答23件の内訳では、プロトコル認識群がほとんどを占めていました。

続いて静脈路確保とブドウ糖溶液投与についてですが、標準プロトコルでは「50mg/dL未満で実施」と示されていました。しかし血糖測定と同様に、ハード面としてのプロトコルの差異、ソフト面としてのオンラインMCにおける判断も影響してきます。こちらも回答集計結果を見てみましょう。

 

<設問2:ブドウ糖溶液投与について> (数字の単位は[件](回答数))

 ※ 「その他」で頂いた意見
  ・血糖値を連絡するよう指示し、その値次第で投与を判断する
  ・ブドウ糖50%を20mL静注するよう指示する
  ・地域MCのプロトコルに沿う

 

「70mg/dL未満で実施するよう伝える」の回答が101件と過半数でした。一方の「50mg/dL未満」を基準とする回答は53件でしたが、プロトコル認識群の比率はこちらの方が高い結果でした。

● プロトコル外の指示は「あり」なのか

 プロトコルに示された条件を満たした場合に、救急救命士は医師に対して指示要請を行います。裏を返せば、医師から救急救命士に出せる指示は要請があった範囲内に限られ、それ以外の内容は「助言」と位置付けられます。その助言に従うかどうかは救急救命士の判断になるため、プロトコル外の指示においては相応の根拠を伝えておく必要があります。

このあたりのややこしさの背景には法律の解釈の問題もあります。医師が独占する医業の一部を医師の指示に基づいて行う行為を「診療の補助」と呼び、保健師助産師看護師法(保助看法)第31条により看護師の独占業務と定められています5)。救急救命士が行う救急救命処置は「診療の補助」に相当するものの、救急救命士法第43条では救急救命処置に限って保助看法に違反しないとしています。したがって救急救命処置として規定された範囲を逸脱すると、保助看法に抵触するおそれがあります。医師から救急救命士への指示については、医師から看護師への指示と比較して、より慎重であるべきと言えるでしょう。

● より良いプロトコル運用のために

標準プロトコルにおいて、なぜ「JCS 10以上」なのか、なぜ「50mg/dL未満」なのか、を明確に示す根拠は無い、もしくは公開されていないと思われますが、手技実施による搬送時間延長とのバランスからこの基準が採用されていると考えられます。しかし、JCSⅡ桁未満の低血糖患者が多く存在することや、現場測定時より来院時血糖が低下する傾向にあることから、これらの基準を見直し、プロトコルの再検討を行うべきという報告6)もあります。

低血糖症例など特定行為を要した搬送例については、MC協議会において事後検証が行われます。その検証に必要な情報は、救急隊の活動記録表や救急救命処置録を基本として、場合によってはオンラインMCを行った医師の記録から得られます。したがって、指示を行った医師は判断の根拠をカルテなどへ十分に記載しておく必要があります。医学的に妥当性の高い指示内容については、事後検証の結果としてプロトコル見直しにつながる可能性もありますので、オフラインMCの観点からも指示内容と判断の根拠をカルテやそれに準ずる形式で記録しておくことは重要です。

オンラインMCはソフト面(運用)として非常に重要ですが、ハード面(設備や仕組み)であるプロトコルと組み合わせて効果を発揮するものです。さらに、そこには医師と救急救命士とのコミュニケーションが大切になってきます。救急救命士にとって、プロトコルはマニュアルやガイドラインより厳しい遵守義務があります5)。そのような救急救命士の立場を理解し、板挟みにならないような指示を出すことも救急外来担当医の重要な役割です。これらコミュニケーションや関係性構築といったハート面(風土作りなど)を加えた「ハード、ソフト、ハート」の3つを上手く活用したMCによって、地域の救急医療へのさらなる貢献を目指してはいかがでしょうか。

● Take Home Message

MCは救急外来担当医の重要な役割のひとつであると認識しよう

【ハード】標準プロトコルと自施設のある地域のプロトコルを知っておこう

【ソフト】プロトコル外の指示(助言)を行う際には判断の根拠を十分にカルテ記載しよう

【ハート】救急隊と日頃からコミュニケーションをとろう

 

● 参考文献

1)    救急救命士標準テキスト編集委員会 編: 改訂第10版 救急救命士標準テキスト. へるす出版, 2020.
2)    消防庁救急企画室長, 厚生労働省医政局指導課長: 救急救命士の心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液, 血糖測定並びに低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与の実施に係るメディカルコントロール体制の充実強化について. 2014. https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp140204-1-04.pdf(最終閲覧日: 2021/3/21)
3)    奈良県公式ホームページ, 奈良県メディカルコントロール協議会. http://www.pref.nara.jp/42195.htm (左記より資料にアクセス可, 最終閲覧: 2021/3/21)
4)    徳島県ホームページ, 徳島県メディカルコントロール協議会のプロトコールについて. https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kenko/iryo/5014717 (左記より資料にアクセス可, 最終閲覧: 2021/3/21)
5)    日本救急医学会メディカルコントロール体制検討委員会, 日本臨床救急医学会メディカル委コントロール検討委員会 監: 救急医療におけるメディカルコントロール. へるす出版, 2017.
6)    倉橋ともみ, 小林洋介, et al. 低血糖患者はもっと潜んでいる ―プロトコルの問題点―. 日臨救急医会誌. 23: 12-8. 2020.

 

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