2020.12.26

EMA症例116:12月症例解説

2020年最後の教育班症例に参加いただいた皆様,ありがとうございました!

約140名と沢山の方に参加いただき,感謝申し上げます!図1の通り,今回も幅広い属性の皆様から回答をいただきました。「その他」には小児科,泌尿器科,放射線科などの専門科ドクターや,救命士や看護師さんも含まれています。興味を持っていただき,嬉しい限りです!

図1.参加者の属性

 

さて11月「妊婦の腹痛」に続いて,今回は「小児の腹痛」を取り上げました。救急外来において,小児の腹痛はとてもcommonな訴えであり,原因がはっきりせず帰宅・経過観察となることも多いですが,中に見逃してはいけない疾患があります。「ウイルス性の胃腸炎ですかね」とゴミ箱診断をしてしまいがちなこの時期(…といっても,今年は手洗いが徹底されたおかげか,あまり流行していない印象ではありますが),改めて確認いたしましょう!

 まず「設問1. 最初に何を行いたいですか?」の回答は,問診の追加:31名,診察の追加:54名という結果でした。具体的に追加したい事項として,主なものを下にお示しします。

 

表1.問診・診察で追加したい内容

 

 次に「設問2.どのような疾患を鑑別の上位に挙げますか?」の回答です。

 

 図2.どのような疾患を鑑別の上位に挙げますか?の回答

 

図の通り「急性虫垂炎」が圧倒的に多く,それを念頭に問診・診察を追加するという意見が最多でした。先月の妊婦さん症例でも取り上げた「虫垂炎」は,小児の腹痛においても常に鑑別に挙げるべき疾患といえます。

そして「緊急性のある疾患」として「精巣捻転」が続きました。小児の腹痛は,『腹部以外の原因』に見落としてはいけない疾患が多いことも特徴といえます。ズボン・パンツを脱がして診察する,陰嚢・鼠径部の観察を行う,という大切なポイントを多くの方が挙げてくださいました。

鑑別の最有力である虫垂炎,精巣捻転の診断のために,超音波検査(腹部および陰嚢の超音波検査で,カラードプラ法も。)を選んだ方も多く45名でした。

 

精巣捻転の他に代表的なものとして,心筋炎,外傷(虐待の可能性も),鼠径ヘルニア嵌頓,尿路感染症,糖尿病性ケトアシドーシス,IgA血管炎等が当てはまり,これらを狙った回答もありました。

本症例のような年長児では他に(頻度は高くありませんが)胆嚢炎や膵炎,女児の場合は卵巣捻転,異所性妊娠も挙がります。今回は年齢から可能性は低くなりますが,乳児なら腸重積や鼠径ヘルニア嵌頓も緊急疾患です。特に鼠径ヘルニア嵌頓は「パンツを脱がせばわかる鑑別」の仲間ですね。

そして今回の症例は,多くの皆様が鑑別に挙げてくださった「精巣捻転」です。

 

今回は,超音波検査を行おうとズボンを少し下げたところで,鼠径部を痛がっていること,右の陰嚢が腫脹していることに気付けた,という症例を提示しました。精巣捻転は後述するように思春期が好発年齢で,羞恥心から「陰嚢が痛い」と訴えられないことがあるのは有名です。

好発年齢の男児であること,「夜中に目が覚めた」という病歴が「突発」のキーワードに合致することは,積極的に精巣捻転を疑いたいポイントです。

 

<精巣捻転について>

「陰嚢または陰嚢内部の急激な有痛性腫脹を来す疾患」を急性陰嚢症と呼びますが,その中でも緊急性の高い疾患が「精巣捻転」です。精巣が回転し精索とその内容が捻れるために,精巣への血流障害が生じ,緊急手術の適応となりますので,急性の陰嚢の痛みを訴える患者では必ず除外する必要がある疾患です。小児における急性陰嚢症の10~15%を占めるとされ1,特に思春期においては精巣鞘膜への精巣の固定が不完全なこと(bell-clapper変形と呼ばれます)が捻転の素因となります。全ての年齢で起きますが,新生児(小さなピーク)と思春期(大きなピーク)に二峰性のピークがあり1,約65%は12~18歳で発症するとされます2

 ◎症状・所見

典型的な症状は,急激で強い片側の陰嚢の痛みで,嘔気・嘔吐を伴います1。救急外来で危険な疾患を見逃さないためのキーワードの一つが「突然発症」ですが,精巣捻転も『捻れる』病態を反映した突然発症が特徴です。この症例の「痛みで目が覚めた」というのは重要な病歴であることが分かります。

繰り返しですが,新生児期と思春期が好発年齢であるため,症状を正確に訴えられない,あるいは羞恥心のために詳細に言えない,という点も特徴です。提示した症例のように「陰嚢が痛い」と言えず「下腹部痛」等の訴えになるパターンに加え,実際に陰嚢の痛みではなく「腹痛や鼠径部痛のみ」の例もあるとされています4

 

身体所見は,患側の精巣全体の腫大,硬化,横位,挙上が典型的です。なお鑑別疾患である精巣付属器捻転の所見は,付属器に限局した痛みや硬結ですが,違いは分かりにくいこともあります。また精巣捻転では,疼痛時に腹膜刺激症状をしばしば起こすことも知られています。これは精巣が腹膜と融合して下降しているためですが,腹部所見があると『腹部以外』の原因に目を向けることは一層難しくなりそうです。

 

ちなみに,今回は虫垂炎と紛らわしい右下腹部痛の症例を示しましたが,精巣捻転は左側の頻度が高いと報告されています6。さらに余談ですが,「卵巣」捻転は逆で右側の頻度が高いとされます。右側は左側と比較して子宮卵巣靭帯が長いため捻転しやすく,さらに左にはS状結腸があるので捻転が妨げられるのだそうです。

 

有名なサインとしてPrehn(プレーン)徴候,すなわち「精巣を挙上すると捻転では疼痛が軽快しないが,精巣上体炎では軽減する」というものがありますが,あまり当てにならないことも知られていると思います。

精巣挙筋反射(大腿内側を刺激すると精巣が挙上する)は,精巣捻転において消失する一方,付属器捻転や精巣上体炎では消失しないため,鑑別に有用な所見の一つです。精巣挙筋反射が陽性(反射が存在する)であれば精巣捻転は否定的で,感度96%と有用ですが5,完全ではないことには注意が必要です。

 

◎検査

検査について述べる前に重要なのは,精巣捻転が強く疑われるならば,ゴールデンタイムを意識して,画像検査で時間を無駄にすることなくコンサルト!ということです。下に示す図(文献6より引用)にもあるように,病歴や身体所見が精巣捻転に合致する場合は,検査ではなく,すぐさま外科的介入に進まなくてはなりません。

 

 

図3.急性陰嚢症の評価のアルゴリズム(文献7より引用)

 

一方,病歴や所見が曖昧な症例や,精巣捻転かどうか迷ったときには,超音波ドップラー検査が有用です8。「精巣の血流障害」という病態を反映し,精巣の血流が消失あるいは減少していれば捻転が示唆されます。超音波検査の診断率は高い(感度88.9%,特異度98.8%)とされます8が,術者の手技によるところが大きく,また疼痛のために充分にエコープローベを当てられないこともあります。

尿検査では,所見を認めないことが多いです。精巣上体炎ではしばしば膿尿が認められるのと対照的です。

さらに,超音波検査以外の画像検査として,T2強調画像とT2*(スター)強調画像とを組み合わせたダイナミック造影MRIにより,精巣捻転を診断するだけでなく,精巣の造影効果を評価することができ,精巣の灌流についてさらなる情報が得られるという報告があります9-11。精巣が壊死しているか否か(捻転を解除することで灌流が回復するか)によって,適切な治療方針(摘出をするか、固定術をするか)が変わります。壊死の評価は,術中の肉眼所見および超音波ドップラー検査で行われますが,MRIでより正確に診断できる可能性があるとされています。日本からの報告もある10のですが,その施設のMRI検査は24時間緊急症例に対応しており,急性陰嚢症は超音波ドップラー検査の後,ほぼ全例がすぐさまMRIを撮影(MRIセンターに居るのは30~40分のみ)という環境だそうです。そのような施設でなければ,一般的にはMRIは時間のかかる検査であり,検査のために貴重な時間を失わないようにする,というのが原則ではあります。

 

◎治療

捻転を解除し精巣への血流を再開させるための手術が必要で,そのゴールデンタイムは6時間程度です(文献によって少し記載が違いますが)1,2,6,8

米国のデータですが,精巣捻転のために手術を受けた男児の42%で精巣摘出術を要したと報告されており3,早期に診断し迅速に緊急手術のためのコンサルトをしなければ,精巣の温存ができないということが分かります。発症から6時間以内に外科的治療を行った場合,精巣の温存率は90~100%であったのに対し,12時間を超えると50%に低下し,さらに24時間以上では10%以下という報告もあり9,繰り返しですがゴールデンタイムを意識して動く必要があります。

 

具体的には,いかに早く泌尿器科・小児外科などへ繋ぐかが勝負ですが,ERで疑った場合の対応,例えば必ず確認するポイントや,どの時点で専門科に連絡するか(検査はどこまで必要か等)は,事前に取り決めておくことが有用と考えます。専門科の医師が院内にいるのか,院外から呼び出すのか,あるいは転院搬送をしなくてはならないのかといった状況によっても違いますので,いざというときにタイムロスなく進めるよう,ぜひコンセンサスを作っておくと良いと思います。

 

なお今回,徒手整復の細かい方法については割愛しましたが,外科的治療がすぐに行えないときや,手術の準備が整うまでの間に試みるべきはされています。ただし,外科的治療に取って代わるものではなく,整復を試みることによって手術を遅らせてはいけません1)。また仮に徒手整復で症状や所見が改善したとしても,部分的な捻転を起こしていることはしばしばあり,外科的な検索と精巣固定術が必要なため,手術が不要になる訳ではないということも強調しておきます。

 

最後に設問3は,鼠径部を痛がっていることが判明し,陰嚢の腫脹・圧痛が分かった時点で,「次に何をしますか?」という質問でした。精巣捻転を疑って「超音波検査」,特に「超音波カラードプラ法」や「精巣の血流確認」という回答が最多でした。続いて,泌尿器科や小児外科などの専門医にコンサルトをする(特に「疑った時点でコンサルトする」とコメントしてくださった方もいらっしゃいました),緊急手術の準備をする等の回答をいただきました。

 

Take Home Message

男児の腹痛の鑑別に,精巣捻転を忘れない。

腹痛や鼠径部痛しか訴えない例に注意!突発はキーワード。

精巣挙筋反射や超音波カラードプラ法は有効。

精巣温存のゴールデンタイムは6時間!疑わしい場合は,検査で時間を無駄にせずコンサルト。

疑った場合の院内ルールを決めておくと良い。

 

<アンケート>

宜しければ、アンケートにもご協力お願いいたします。

 

<参考文献>

1.  Sharp VJ, Kieran K, Arlen AM. Testicular torsion: diagnosis, evaluation, and management. Am Fam Physician. 2013; 88: 835-40.
2.  Brenner JS, Ojo A: Causes of scrotal pain in children and adolescents. UpToDate
3.  Lee C Zhao, et al. Pediatric testicular torsion epidemiology using a national database: incidence, risk of orchiectomy and possible measures toward improving the quality of care. J Urol. 2011; 186: 2009-13.
4.  Cass AS, Cass BP, Veeraraghavan K. Immediate exploration of the unilateral acute scrotum in young male subjects. J Urol. 1980; 124: 829-32.
5.  J Fam Pract. 2009; 58: 433-4. Clinical inquiries. How useful is a physical exam in diagnosing testicular torsion?
6.  Zilberman D, Inbar Y, Heyman Z et al. Torsion of the cryptorchid testis – can it be salvaged? J Urol 2006; 175: 2287–9.
7.  Erika Ringdahl, Lynn Teague. Testicular torsion. Am Fam Physician. 2006; 74: 1739-43.
8.  L A Baker, D Sigman, R I Mathews, et al. An analysis of clinical outcomes using color doppler testicular ultrasound for testicular torsion. Pediatrics. 2000;105: 604-7.
9.  Davenport M. ABC of general surgery in children. Acute problems of the scrotum. BMJ. 1996; 312: 435–7.
10. Yuji Watanabe, Masako Nagayama, Akira Okumura, et al. MR Imaging of Testicular Torsion: Features of Testicular Hemorrhagic Necrosis and Clinical Outcomes. J Magn Reson Imaging. 2007; 26: 100–108.
11. GT Gotto, SD Chang, Mark K Nigro. MRI in the diagnosis of incomplete testicular torsion. Br J Radiol. 2010; 83: e105–e10.