2020.12.03

EMA症例115:11月症例解説

今回は128名(11/22現在)の方から回答をいただきました。


設問4:あなたの属性は

今回も様々な職種から多くの方に参加いただきました。ありがとうございました。

さて今回のテーマは最も多くの方が回答された通り妊婦の虫垂炎でした。妊婦の受診に対しては産婦人科がすべて対応しているという病院もあるとは思いますが、非専門医でも当直中に診療しないといけない状況はしばしばあります。妊婦の虫垂炎では何がポイントなのか確認していきましょう。

設問1:この時点で最も心配する疾患を1つ挙げてください。

設問2:この時点で行う検査を選択してください(複数選択可)

8割近くの方が急性虫垂炎、もしくは虫垂炎による腹膜炎という回答となりました。
検査もまずは敷居の低い血液検査・尿検査・腹部超音波検査がとび抜けて多い結果となりました。
一方で、鑑別では絨毛膜羊膜炎・常位胎盤早期剝離・HELLP症候群、検査では経腟超音波検査・NSTといった産婦人科特有のものを挙げた方もいました。

妊婦の急性腹症を診るにあたって

まず、妊婦の急性腹症では大きく4つのグループに分けて考えましょう。
 ①妊娠関連疾患
 ②妊娠に関連しない腹部の疾患
 ③腹腔外疾患
 ④妊娠によって増悪した疾患
産科疾患の評価はもとより、妊婦の0.5-1%が妊娠以外の理由で手術を要するということを念頭に外科的疾患を除外していく必要があります [1]。
具体的な鑑別に移る前に、まずは妊娠に伴って生じる母体の変化について復習していきましょう。

 

妊娠による解剖学的変化

子宮は骨盤腔の臓器ですが、妊娠12週ごろから腹腔に突出していきます。子宮自体の重量も非妊娠時の70gほどから1kgを超え、子宮内容量も5Lまで増大するとされます。増大した子宮によって隣接する臓器の位置も変化するため、図を見ながらイメージを修正しておくのが良いでしょう(図1)。
大網が偏位することで腹膜炎に進展しやすい、腹壁が伸展されていることで筋性防御が出現しにくいという推測もされているようです。また、尿管も圧排されるため水腎を生じやすく、尿管結石と誤診される要因ともなっています [2]。

 

妊娠による生理学的変化

様々なホルモン、主にはプロゲステロンの影響で様々な変化が生じます。消化管の通過時間が延長するため、56-89%の妊婦で逆流性食道炎や腹部膨満感、嘔気を生じるとされます [3]。
また、妊娠に伴ってWBCの基準値が5000-15000/mm3と変化するため、炎症に対する反応と誤解され易い点に注意が必要です。この変化は産後6か月ほどで元に戻るとされます。その他にも心拍数上昇、循環血漿量増加、血管抵抗低下、生理的残気量低下、分時換気量増加などの変化が認められるためバイタルサインや血液ガスの解釈には注意が必要です(表1)。
また胎盤由来のALPによりALPは非妊娠時より上昇するのが一般的です [2]。

図1 妊娠に伴う解剖学的変化

([2]p121.table1より引用)

 

表1 妊娠に伴う生理学的変化

([2]p120.fig1より引用)

 

妊婦の腹痛の鑑別

さて、いよいよ具体的な鑑別です。腹部は複数の臓器があるため、もともと多彩な鑑別疾患がありますが、産婦人科疾患が加わることでさらに多様化していることがわかります(表2)。
産婦人科疾患については、正直なところ非専門医では判断しきれない場合が多いですし、判断しきること自体がリスキーな場合もあります。緊急性のある産婦人科疾患が疑われる場合は専門医へ評価をお願いしてしまうのがやはり無難な対応でしょう。
一方で、内科および外科疾患については評価を自分で進め、特に手術が必要な疾患を見落とさないようにすることが大切でしょう。特別なことはあまり必要ありません。前述の解剖学的・生理学的変化を念頭におきながら一般的な病歴・身体診察を行い、平常通り臨床検査を組み立てていくことになります。

表2 妊婦の急性腹症における鑑別疾患

([2]p122.table2より引用)

 

しかし、救急外来ですべてを鑑別することも現実的ではありません。妊婦の急性腹症として虫垂炎、胆嚢炎、急性膵炎、腸閉塞の順に頻度が高いとされており、まずはこれらの疾患を評価するのが良いでしょう [4]。 動脈瘤破裂や消化性潰瘍からの穿孔も致死的であり常に鑑別に挙げる必要がありますが、非常にまれであるため積極的に疑われる場合を除き優先順位は下げてよいでしょう。
なお、「急性腹症」と外れますが、妊婦の発熱では必ず尿路感染症の評価を行うようにしましょう。閉経前の女性で無症候性細菌尿が2-10%とされているため、熱源とは断定できない場合もあります [5]。
しかし、妊婦の無症候性細菌尿の最大で30%が腎盂腎炎をきたすとされ、腎盂腎炎は胎児発育不全や早産リスクとの関連が示唆されているため、細菌尿を認めた時点で治療対象となることは非専門医でも知っておくべきでしょう [5] [6]。

設問3:今後の対応を選択してください。


ここでは回答が大きく分かれる結果となりました。専門診療科に依頼・CT・MRIでそれぞれ3割ずつとなり、それぞれの病院によって取られる戦略が大きく違うことがうかがえます。

 

急性虫垂炎

妊婦の0.04-0.2%で生じるとされます。妊娠のどの時期でも生じますが、第2・第3三半期で生じやすいとされ、75%がこの時期に罹患しているという報告もあります [2] [7] [8]。右下腹部痛を認めることが多いのは非妊婦と同様ですが、妊娠が進むにつれて右側腹部痛を呈する割合が増加します [9]。古典的には、子宮の増大によって虫垂の位置が変化することが理由とされていましたが、前向き観察研究では妊娠による明らかな差は示されていません [10]。虫垂炎に罹患すると早産がOdds ratio(OR)2.68で上昇することが知られています [11]。
また、単純性虫垂炎では早産7.5%、胎児死亡1.5%に対し、複雑性虫垂炎では早産30%、胎児死亡20%まで上昇するとされており、妊婦の虫垂炎ではいかに単純性の間に治療を行うかというのも大事なポイントの一つです [12]。今のところ、妊婦の虫垂炎における穿孔率は14.3-43%と報告されていますが [13] [14]、虫垂炎の穿孔率は診断から手術までの期間が開くほど高くなり、一般人口での調査ですが第1病日で28.8%、第2病日で33.3%、第8病日で78.8%と報告があります [15]。複雑性虫垂炎に進行してしまうと、母体のみならず胎児にも大きな影響が出ることを改めて認識しましょう。

 

妊娠とMRI

妊娠中の様々な腹部疾患に対して行う最初の画像検査が超音波検査であることは誰も疑問がないと思います。しかし、超音波は術者の技量によって描出が大きく異なり、再現性が低いという問題があります。その際、被ばくがないMRIが好まれることが多いですが、MRIの安全性はどうなのでしょうか?
理論的には、①奇形の誘発、②熱エネルギーによる損傷、③大きな音による難聴、といったリスクが存在するとされますが、実際にヒトで有害事象を生じたという報告はありません [16] [17]。したがって、現時点では「おそらく安全」という回答になりますが、上述の懸念は存在するため不要な検査は行わないに越したことはありません。
ガドリニウム造影剤は胎盤を通過し、胎児循環に入ることが知られていますが [18]、その安全性はどうなのでしょうか?
実は、ガドリニウムには理論上、毒性のある遊離イオンを生じる可能性があり、長時間の暴露でさらに増加すると懸念されています。そのため、胎児循環から尿に移行したガドリニウムを胎児が飲み込んで長時間の暴露が生じる結果、腎性全身性線維症を生じるのではないかという懸念が存在します [19]。暴露によって死産と新生児死亡が増加した、小児期にリウマチ性疾患などの診断を受ける割合が増加したという報告もあり、米国放射線学会やヨーロッパ薬剤協会はともに「メリットがデメリットを上回る場合にのみ」使用するよう提言しています [20] [21]。

 

MRIの精度

虫垂炎に対して感度91.8%、特異度97.9%とされています。所見としては虫垂の拡張(>7mm)、虫垂周囲の浮腫や液体貯留であり、脂肪抑制T2で描出が良いとされています [19] [22]。

 

症例のその後

全身状態が落ち着いていたことから、被ばくを避けて単純MRIによる評価を行いました。T2強調画像において虫垂内腔の高信号を認め、虫垂腫大を認めたため急性虫垂炎の診断で緊急手術となりました。術後経過は問題ありませんでしたが、児は34週で早産となりました。

([23] p.568, fig.1より引用)

Take home message
・妊婦の腹痛では虫垂炎を想起する
・虫垂炎精査にMRIを検討する
・虫垂炎診断の遅れは胎児に大きな影響がある

 

<参考文献>

1. Gastroenterol Clin North Am. 2003 Mar;32(1):181-200.
2. Int J Womens Health. 2019 Feb 8;11:119-134.
3. Gastroenterol Clin North Am. 1998 Mar;27(1):123-51.
4. J Midwifery Womens Health. 2003 Mar-Apr;48(2):111-8.
5. CMAJ. 2018 Jul 9;190(27):E823-E830.
6. Cochrane Database Syst Rev. 2015 Aug 7;(8):CD000490.
7. BJOG. 2014 Nov;121(12):1509-14.
8. Am J Obstet Gynecol. 2000 May;182(5):1027-9.
9. J Visc Surg. 2012 Aug;149(4):e275-9.
10. Int J Gynaecol Obstet. 2003 Jun;81(3):245-7.
11. Arch Gynecol Obstet. 2014 Oct;290(4):661-7..
12. BMC Surg. 2019 Apr 25;19(1):41.
13. Am J Surg. 1990 Dec;160(6):571-5; discussion 575-6.
14. World J Surg. 2004 May;28(5):508-11..
15. J Surg Res. 2013 Oct;184(2):723-9.
16. JAMA. 2016 Sep 6;316(9):952-61.
17. Pediatr Radiol. 2015 Nov;45(12):1823-30.
18. J Magn Reson Imaging. 2017 Aug;46(2):338-353..
19. J Magn Reson Imaging. 2019 Mar;49(3):621-631.
20. American College of Radiology, Committee on Drugs and Contrast.
21. European Medicines Agency. Assessment report for Gadoliniumcontaining contrast
      agents. In: Proced. No. EMEA/H/A-31/1097.
      Available at: http://www.ema.europa.eu/docs/en_GB/document_library/
      Referrals_document/gadolinium_31/WC500099538. (最終閲覧2020/11/24)
22. World J Emerg Surg. 2019 Jul 22;14:37.
23. J Magn Reson Imaging. 2013 Mar;37(3):566-75