2020.10.01

EMA症例113:9月症例解説

今回の症例は左膝の痛みを訴える、左大腿骨頸部骨折の症例でした。
病変が膝なのか、股関節なのか、それとも両方なのか。
迷われた方もあったかと思います。

ERでは非常に多い外傷の1つですので、知識の整理をしていきましょう!

 


 

アンケート結果
130件の回答をいただきました。学生だけでなく整形外科の先生や放射線技師の方にもご参加いただきました。
<参加者属性>

設問1では左股関節を狙ってCTおよびMRIを行うと回答した方が最多でした。

設問2では現実に即して、夜間MRI検査が行えない体制のときにどのようにアプローチするかを問題にしてみました。ひとまず入院させておくという回答が過半数を占めました。腹部CTで閉鎖孔ヘルニアを除外するという回答も寄せられました。

<解説>

股関節周囲の骨折といえば、大腿骨近位部骨折です。一般的には転倒での受傷が最も多いのですが、転倒以外の理由が26%と1/4を占める点に注意が必要です。また極わずか(0.2%)ですが介護による骨折もあり、原因が分からない中に含まれていると考えられます。65歳以上の高齢者が1年間に大腿骨近位部を骨折する可能性は0.6%で、85歳を超えると年2%に上昇します 。特に女性に多く、ひとたび骨折をすると5人に1人が1年以内に死亡するほど高い死亡率があります 。そういった意味では致死的な外傷と言えるのかもしれません。

症状は股関節周囲の痛みや、患側下肢の短縮、股関節の屈曲制限が有名ですが、膝への放散痛があるのを再認識しておきましょう 。膝の痛みを訴える大腿骨近位部骨折があり、膝ばかりに注目して見逃されることがあるのです

 

大腿骨頸部骨折か大腿骨転子部骨折かの見分け方

大腿骨近位部骨折は、おおまかには頸部骨折と転子部骨折に分けて考えます。この2つは似ているようですが治療と予後が大きく違うものです。一般的に重症度・緊急度が高いと認識されているのは大腿骨頸部骨折のほうです。頸部骨折の転位型では骨頭壊死を起こすことや骨融合しにくいことから、人工骨頭置換術が選択されますが、転子部骨折では適切な骨接合術を行えば骨頭壊死は少なく、骨融合することが多いのがその理由です 。一方で転子部骨折は出血が多くショックになり得ることにも救急外来では注意が必要です。

どちらも手術は早期に行うに越したことはなく、できるだけ早く整形外科に相談できる環境が必要です。65歳以上の女性の大腿骨近位部骨折で、医学的に手術に耐えられる患者においては入院後24時間以内に手術を行うことにより、術後1年および2年の生存率の改善が認められたことからも、スピード感が必要な疾患であるのがわかります

頸部骨折と転子部骨折は股関節包の内側か外側かで分けます。股関節包の内側にある骨折が大腿骨頸部骨折、外側にあるのが大腿骨転子部骨折です。わかりやすくするために「股関節包」と一口に表現しましたが、厳密には、この関節包は靭帯性の内側部と、滑膜性の外側部に分けられます。この股関節包は画像の読影上も非常に大切な場所ですので覚えておいてください(図1)。

図1 大腿骨近位部の解剖学的位置

大腿骨近位部骨折は股関節に近いほうから次のように分けます。

大腿骨骨頭骨折

関節包内

大腿骨頸部骨折

大腿骨頸基部骨折

骨折線が頸部にも転子部にもまたがっているもの

大腿骨転子部骨折

関節包外

大腿骨転子下骨折


骨折線がどこまで達しているかは、X線撮影やCT撮影だけでは断定できないこともありますが、救急外来では画像所見にもとづいて整形外科にコンサルトすることになります。

大腿骨近位部骨折の部位を見分けるときは、関節包の内側にあるか、外側にあるかが大切であると述べましたが、これは臨床所見にも関係します。関節包の内側の大腿骨頸部骨折は皮下出血が目立たず、腫脹や変形も強くないことがあります。関節包の中に出血しても皮下では確認できないためです。大腿骨転子部骨折では出血が関節包の外側に出るため、皮下出血や腫脹変形が強いのが見た目の特徴です。

 

Garden分類

大腿骨頸部骨折にはGarden分類(図2)という分類があります 。これは整形外科医にとってはもちろん、救急医にとっても非常に重要な分類です。Garden分類は全部で4つに分かれますが、転位のないType I & IIと転位のあるType III & IVの間には治療方針の面で大きな違いがあります。Type I & IIは、鋼線やハンソンピン固定などを用いた骨接合術が行われ、比較的時間のかからない手術になります。一方、Type III & IVでは人工骨頭置換術(人工股関節置換術)という大手術になることがあります。

大腿骨の骨頭部は頸部から(遠位から近位にかけて)血流があるため、頸部に転位があるType IIIとIVは骨頭そのものを置換しないと骨頭壊死やLate segmental collapse(LSC)を起こしてしまいます。通常は股関節のレントゲン画像で診断しますが、レントゲンの感度は90~95%で100%ではありません

図2 Garden分類 A: Type I B: Type II C: Type III D: Type IV
(Clin Orthop Relat Res. 2018 Feb;476(2):441-445.より)

 

画像の読影

Garden IのようにX線撮影で骨折が分からない場合は、股関節のCT検査かMRIかを選択します。施設や時間帯によって利用できるモダリティが違うと思いますが、可能な限りの検査を行います。ただしCTはMRIと比較して誤診率が66%であったという報告があり、CTでは100%見つけることができないことを知っておかねばなりません

一方のMRIは感度も特異度も100%であるため、レントゲンで所見がなくとも、歩けない場合や、身体診察上所見があるようならMRIが推奨されます 。これは前述の通りCTまで撮影したが骨折線がないために骨折を否定されて帰宅となったGarden Iの患者が、後日、Garden IVとなって救急外来に戻ってくるのを避けるためです。

もしすぐにMRIが撮影できない環境であれば、CTを撮影しますが、CTでは骨そのものを見るのではなく、骨の周囲に着目するのが読影のコツです。骨折があれば出血し、場合によっては脂肪滴(lipohaemarthrosis)が見えることがあります(図3)。股関節の左右を比較して、左右差があれば関節炎による関節液貯留か骨折による出血と考えます。

本症例ではCTで骨折線は見えませんでしたが、lipohaemarthrosisが見えたことで、積極的にMRI撮影を行いGarden Iの大腿骨頸部骨折を見つけることができました。

 

 

まとめ

・大腿骨近位部骨折は早期手術で予後が変わるスピード感がある
・Garden Iの大腿骨頸部骨折を見逃さないようにしよう
・CTではlipohaemarthrosisを探すこともGarden Iを見つけるためのポイント

 

 

【引用文献】

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