2020.08.03

EMA症例111:7月症例解説

今月は「農薬中毒の疑い」でした。それでは症例の解説です。今月は83名の方々から回答をいただきました。ありがとうございます。回答者の属性は次のとおりです。

 

今回の症例はパラコート中毒です。最初に、最も疑われる疾患は何かと質問をしました。多くの方からパラコートと回答をいただきました。ありがとうございます。次いで有機リン中毒、ベンゾジアゼピンが多かったです。農薬というキーワードや、青色の吐物というところを拾い上げていただいたのかもしれません。

パラコート中毒は一度見た事があれば、その臭い、色、周囲の状況から診断することができると思います。もちろん一度も見た事がないのが、みんなにとって幸せではあります。今回は「酸素投与は禁忌」、「死亡率が高い」等と言われるパラコートに、ERではどの様に向き合うべきか、おさらいしていきましょう。

 

学習目標

・パラコート中毒に気がつける

・パラコート中毒の治療の概要がわかる

・パラコート中毒の治療の限界がわかる

 

●パラコート

パラコートはイギリスで開発された除草剤で、日本では1965年に発売され、その高い効果から好まれて広く使われていました。一方で、服用したときの致死率が高いという側面を持ちます。1980年代にパラコートによる自殺企図が急増したことや、殺人にも用いられたことから社会問題となり、1986年には24%製剤から5%製剤に変更され、毒性の低いジクワットとの複合剤として販売されることになりました。さらに、濃度の希釈に加えて、誤飲防止のために青緑色色素、苦味剤、臭気性物質、催吐剤※※が混入されています。それでも誤飲や自殺企図による死亡は起こるので、1999年に国内での生産が中止されたという経緯があります。なお、生産が中止されたのはパラコート原体のみで、パラコート製剤の生産や販売は行われています1。2000年代に入ると中毒の報告数も減少傾向ですが、それでもまだ忘れ去るには早い薬剤というのが現状です2

※青い吐物を見たら、パラコートかフルニトラゼパムかブルーキュラソーを用いたカクテルなどを飲んだのではないかと考えるとよいでしょう1。あとは臭いでわかります。

※※パラコート製剤の催吐剤はテオフィリン製剤なので、大量服用の際にはテオフィリン中毒様の症状にも注意が必要です3。添加物もそうですが、他の物質を服用していないかという点も重要な着眼点です。

 

●毒性

パラコートは、細胞内に入ると電子伝達物質から電子を奪ってパラコートラジカルとなります。パラコートラジカルが酸化されて元のパラコートイオンに戻る際に活性酸素が生じ、DNAを破壊して細胞死に至らしめます。さらに触媒として働き、繰り返しこの反応を起こすので、少量でも強力な効果を発揮します。除草剤としての効果ならば有能ですが、人体に同じことを起こすと大変なことになるというわけです。経口摂取すると主に小腸で吸収されますが、それは全体の10-40%程度で、残りは糞便中に排泄されます3。とはいえ少量でも毒性が強く、服用後2時間以内に血中濃度が最高になります4

 

●治療

拮抗薬はありません。全身状態の維持をするのみです。ABCの安定化に努める他ないのです。前述の活性酸素を生じない様に、高濃度酸素を投与しないでおきましょうということも言われますが、低酸素状態で死なせてしまうわけにはいかないので、低酸素状態であれば必要十分な酸素投与を行って下さい。同時に、輸液やカテコラミンの使用で循環動態の維持を目指します。なお、胃洗浄や腸洗浄、活性炭投与などの通常の中毒診療において行われるであろう治療法も、有効性は確立されていません。服用から間もなければ、害は少ないのでやっておいてもよかろうという程度です。その他、ビタミンCやビタミンEの大量投与、ステロイド投与なども行われてきましたが、有効性は確立されていません1。またパラコートの分布容積は16.5L/kgと大きく、血液浄化療法も効果は限定的です3

皆様からの回答はこの様になっておりました。

●経過

パラコート中毒では、服用から1-2日で多臓器不全となり、ショックや呼吸不全から死に至ります。なんとか急性期を乗り越えても、肺線維症を残すため生命予後は良くありません。早々に吸収されてしまい、死亡率も高いため、治療が奏功しないことで有名な中毒と言えます。どの程度治療が奏功するかという点ですが、来院時の血漿パラコート濃度と服用からの時間経過により、生存例と死亡例を区別する「Proudfootの生存曲線」や「Hartの生存曲線」が知られています4,5

Proudfootの生存曲線:文献4より(縦軸:血漿パラコート濃度[mg/L]、横軸:服用からの時間[h])

 

Hartの生存曲線:文献5より(縦軸:血漿パラコート濃度[μg/mL]、横軸:服用からの時間[h])

服用時間が明確でなければ結果が大幅に変動することもあるため、実際に臨床に適用するのは難しいです。血中濃度や尿中濃度をもって確定診断することはできますが、それ以上の意義はあまりないかもしれません。

なお、皆様からの回答は以下の様になっております。地域によっては、院内での検査ができる体制を整えているのかもしれませんが、おそらく多くの病院では院内での検査は難しいのではないかと思われます。

 

これらの生存曲線の意義は、一定量以上のパラコートを飲むと救命できないという指摘がなされてきたことそのものにあります。なんとかして救いたいという我々の願いが届かない世界があるという現実を突きつけてきます。パラコートは35mg/kg程度で致死量になると考えられます4。5%製剤であっても、だいたい40mL程度を服用すると死に至る計算です。大さじ3杯より少ない量です。来院時点で臓器不全の兆候が認められる様であれば、かなり厳しい状況であることを患者家族や周囲の方々と共有する必要があります。皆様の家族への説明内容は次のような傾向となっております。

 

「早々に死亡する可能性も高いので、皆様集まれる人は集まっていただいた方がよいかもしれません」という回答が多数でした。多くの方が、治療法がないという事実や、早々に死に至る可能性を念頭に置かれているようです。

 

●予防と行政介入

パラコート中毒による死亡者は、鬱病や気分障害の人に多い様で、こうした人々が容易にパラコートにアクセスできることは問題です6。メンタルケア介入が必要であることはもちろんですが、アクセスを断つという意味で、販売制限や免許制などの行政しかできないアプローチも必要かもしれません1

 

 

<Take Home Message>

  • パラコートは刺激臭と独特の青緑色が特徴
  • 治療は対症療法しかないが、少量でも有毒性が高く治療困難
  • パラコート中毒を起こさせない努力も必要

 


【参考文献】

1) 野口裕司, 金子直之. 自殺企図によるパラコート中毒3例の報告:行政介入への提言. 日救救医会関東誌. 2019 40(3):234-237
2) 永美大志, ら. 農薬中毒臨床例全国調査 2010〜2012年度. 日農医誌. 2015 64(1):14-22
3) 内藤裕史. 中毒百科 改訂第2版「パラコート、ジクワット」. 南江堂 2001
4) Proudfoot AT, Stewart MS, Levitt T, et al:Paraquat poisoning:significance of plasma-paraquat concentrations. Lancet. 1979 2:330-2.
5) Hart TB:A new statistical approach to the prognostic significance of plasma paraquat concentrations. Lancet. 1984 2:1222-3.
6) Lin C, et al. Psychiatric comorbidity and its impact on mortality in patients who attempted suicide by paraquat poisoning during 2000-2010. PLoS One. 2014 Nov 11;9(11):e112160.