2020.04.06

EMA症例107:3月症例解説

 今月は救急車で搬送されてきた33歳女性の突然の頭痛、という症例でした。84名もの方々にご回答いただきました!ありがとうございます。属性は以下の通りです。

 

 まずみなさんの回答から見ていきましょう。

質問1.頭部CT所見をふまえ、現時点での鑑別診断を上位3つまで挙げてください。(自由回答)

 


 

 最も多くの方が挙げてくださったのはSAHでした。
 発症から6時間以内に撮影した頭部CTを放射線科医が読影すればSAHに対する感度は高いです。しかし本症例は発症から6時間以上経過しているため血液がwashoutされている可能性もあり、またCTでは特定できない少量の出血の可能性もあるため、この頭部CTを見た時点ではSAHは否定できませんね。
 続いて椎骨脳底動脈解離、静脈洞血栓症、PRES/RCVSと血管系の疾患が多く挙げられました。
 上記の表以外に少数意見としては、側頭動脈炎、下垂体炎、てんかん、低髄圧症候群、頭蓋内圧亢進、大後頭神経痛、脳腫瘍、脊髄硬膜外出血、大動脈解離、帯状疱疹、子癇、脳梗塞、茎状突起過長症、AVM などが挙がっていました。

 

質問2.まず疼痛コントロールを開始しました。追加したい身体診察・問診などありますか。(自由回答)

 

 前述の鑑別疾患を踏まえて、妊娠などの産婦人科歴、ピルの内服歴、詳細な神経診察、視野・視力障害の有無、前兆の有無、家族歴、頚部痛の有無などが多く挙げられました。他に少数意見としては、性交歴、外傷の有無、先行感染の有無、飲酒歴・喫煙歴などがありました。

質問3.次に何をしますか?(複数回答可)

 

 SAHを除外するためには頭部MRIまたは腰椎穿刺、それ以外の上述の頭蓋内疾患を診断するために頭部MRIという選択が多かったようです。

質問4.あなたの施設の救急外来では時間外のCTやMRIの読影はだれが行いますか?

 

 救急医や上級医が読影を行い、タイムラグはあるものの、依頼すればまたは依頼せずとも全て放射線科医に読影してもらえる施設が多いようですね。 当院も翌日以降に依頼すれば読影していただけます。 一方で、放射線科医による読影は全くないという過酷な現場で働かれている方もいらっしゃるようです。

 

【突然発症の激しい頭痛の考え方】

 突然発症の激しい頭痛(痛みの発生から数秒〜1分未満に最大強度に達する頭痛)、いわゆる”thunderclap headache”の鑑別を考える時にはSAHをはじめとする血管系の疾患が上位に挙がります。
 他に、血管系以外の原因として稀ではあるものの、下垂体卒中やコロイド嚢胞があります。(図1)
 上記の二次性頭痛を全て否定できたら、一次性頭痛の可能性を考えます。

図1:Thunderclap headacheの原因(文献1より)

一次性頭痛
・Primary thunderclap headache
・Exertional headache
・Cough headache 
・Headache associated with sexual activity 
二次性頭痛 
・RCVS (Reversible cerebral vasoconstrictive syndrome) 
・SAH 
・ICH (Intracranial hemorrhage) 
・Arterial dissection 
・Stroke 
・Pituitary apoplexy 
・Colloid cyst 


 さて、本症例も突然の激しい頭痛、ということでSAHを真っ先に考えて頭部CTを施行しましたが、ご覧いただいた通り明らかな出血は認めませんでした。

【頭痛の診断で頭部CTを撮る時、どこを見ていますか?】

 Thunderclap headacheに限らず、頭痛の鑑別のために頭部CTを施行する時、みなさんは何を考えながら見ているでしょうか?
 SAHを考えているときは出血が起こりやすい部位はまず確認しますね。大きな脳動脈瘤であれば単純CTで指摘できることもあります。 脳出血のように画像をスクロールするだけで目に入ってくる異常や、脳実質の左右差だけに注目していないでしょうか?
 副鼻腔炎も頭痛の原因となり得ますが頭蓋内以外まで確認していますか?
 最後に自分の想定している鑑別疾患(探していたもの)以外の異常も探しに行っていますか?

  図1のうちでは、Pituitary apoplexy(下垂体卒中)も下垂体腺腫に合併することが多いため頭部CTで疑うことができる疾患です。
 thunderclap headacheで頭部CTを施行した時は特に、トルコ鞍も確認しておきましょう。

 本症例の頭部CTを改めて見てみると、

   

  矢印部分は下垂体の細い漏斗部が写っているはずですが、脳実質と同じdensityの腫瘤で満たされています。(右は正常な頭部CT。)

  矢状断をみるともっとわかりやすくなります。

 

 

【本症例は診断は・・・】

 頭部CTより下垂体卒中が鑑別の上位に挙がり、頭部造影MRIを施行しました。 幸い日中であったため放射線科医の読影も得られ、“T2信号と造影効果は不均一であり、下垂体腺腫を基盤とした卒中に合致する“とのコメントでした。

 

 

【下垂体卒中とは】

 最後に簡単に下垂体卒中について触れておきます。
 下垂体卒中は10万人あたり6.2例とまれな疾患ですが、見逃せば致命的となりうる疾患です。
 通常、下垂体腺腫の出血性梗塞に起因する急速な拡大によって引き起こされ、突然の強い頭痛、嘔吐、視交叉や海綿静脈洞の圧迫による眼球運動障害や視野障害、意識障害、下垂体機能低下症などの症状が起こります。
 頭痛(80~97%)が最も典型的な症状で、他に多い症状としては吐き気(80%)、視野障害(50~71%)がありました。2,3)
 Thunderclap headacheとなるのは血液や壊死組織がくも膜下腔へ流れ込むためと言われています。4) 
 下垂体機能低下は特に副腎皮質刺激ホルモンの欠乏症が最も一般的(50~80%)とされています。
 出血や虚血、浮腫の程度により症状の種類や強さ、進行の速度は様々なようです。
 本症例では頭痛と嘔吐のみで視野障害や眼球運動異常は認めず、副腎皮質刺激ホルモンも正常範囲内でした。

 下垂体卒中のリスク因子には、ドパミン作動薬(使用開始または中止後)、頭部外傷、妊娠、ピル(経口避妊薬)、外科的処置(心臓手術、整形外科)、高血圧、抗凝固療法、脳血管造影などが指摘されています。
 妊娠中はプロラクチン分泌細胞の過形成により下垂体肥大がおこり(ピーク時は約2倍)、血管攣縮などの要素が組み合わさった時に虚血に陥ります。5)
 主な鑑別診断はSAHと細菌性髄膜炎となりますが、腰椎穿刺は下垂体卒中との鑑別には有用ではなく、診断は身体所見や内分泌検査、画像検査の組み合わせで行います。
 突然発症の頭痛の最初の画像検査として最も使用される単純CTでは下垂体卒中は21-28%しか診断できないものの、下垂体の腫瘤性病変の検出には80%のケースで有用だったとされています。
 造影CTでは下垂体腫瘍のリング状または不均一な造影効果を認めることがあります。MRIは90%以上で下垂体卒中を検出でき、最も有用な画像診断とされています。3,5)

 治療としては、突然の視力障害や意識障害などがある場合は緊急の外減圧術が必要となります。
 また、副腎機能低下がある場合はステロイドの補充療法を行います。

 本症例は副腎機能低下もなく視力障害などの圧迫症状もなかったため、本人の希望もあり地元の病院へ転院となりました。

 

【TAKE HOME MESSAGE】

・頭痛の鑑別疾患を考えながら頭部CTを読もう(トルコ鞍の確認も忘れずに!)

・下垂体卒中は出血や虚血、浮腫の程度により症状の種類や強さ、進行の速度は様々。稀な疾患ではあるけれど突然発症の頭痛では鑑別に入れておこう。

 

 【参考文献】

1)Elizabeth W. Loder etc. Common Pitfalls in the Evaluation and Management of Headache CASE-BASED LEARNING p.59, Table4.1; CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS 2014

2)Randeva HS, Schoebel J, Byrne J, Esiri M, Adams CB, Wass JA. Classical pituitary apoplexy: clinical features, management and outcome. Clin Endocrinol (Oxf). 1999 Aug;51(2):181-8.

3) Ishii M. Endocrine emergencies with neurologic manifestations. Continuum (Minneap Minn) 2017;23:778–801.

4) Clair Briet, Sylvie Salenave, Jean-Francois Bonneville et.al. Pituitary Apoplexy :Endocrine Reviews, Volume 36, Issue 6, 1 December 2015, 622–645.

5) Goyal P, Utz M, Gupta N, et al. Clinical and imaging features of pituitary apoplexy and role of imaging in differentiation of clinical mimics. Quant Imaging Med Surg 2018;8:219–31.