EMA症例105:1月症例解説
今回は147名(1/23現在)の方から回答いただきました。今回のテーマは肩関節脱臼の対応です。まさに救急外来のcommon diseaseの一つですが、様々な合併症があり、整復方法も多彩ですよね。皆様はいったいどのように対応されているでしょうか?
<設問1>診断はどれでしょうか?
左肩関節前方脱臼が正解です。正面像での転位の大きさから直感的に回答された方も多いと思いますが、スカプラYで関節窩より前方に骨頭が転位していることを確認すると確実ですね。
さて、肩関節前方脱臼において正確な診断は入口にすぎません。正確な合併症の評価ができているかどうかが一つのポイントとなります。
合併症は大きく、①骨折、②神経損傷、③血管損傷、④腱板損傷に分けて考えると良いでしょう。
① 骨折
外科外科頚骨折や大結節骨折といったものはもとよりですが、上腕骨頭後方外側の凹み:Hill-Sachs lesion(黒矢印)、関節窩下方前縁の損傷:Bankart lesion(白矢印)は特有の名前がついている通り合併症の代表格といえます。Hill-Sachs lesionは54%、Bankart lesionは約73%の発生率と高い数値が報告されています(1)。
特にBankart lesionの存在は再脱臼のリスクとなるため、適切に評価して専門医へつなげるようにしたいですね。骨折を伴った脱臼では整復難度が上昇することや、その後のavascular necrosis発生のリスクを考えると、整形外科医へ相談するのが無難と考えられます。
(文献2より引用) ※黒矢頭:head-neck junction |
② 神経損傷
45-48%で生じると報告されています(1)。腋窩神経は最も障害されやすく、三角筋の筋力低下や肩の外側の感覚低下を生じます。腕神経叢損傷は比較的少ないとされていますが、脱臼状態で肘を屈曲したり、肘・手首の伸展状態+外転+内旋などで神経束の損傷を起こすことがあるようです(1)。
③ 血管損傷
血管損傷はまれですが、報告によっては脱臼の2%に合併するというものもあります(3)。動脈損傷は末梢の冷感や脈が触れないこと、腋窩の血腫で気付かれることが多いですが、側副血行路が存在すると末梢循環が保たれる場合があるため注意が必要です。
④ 腱板損傷
腱板損傷は肩関節脱臼の7-32%に合併し、高齢であるほど頻度が増すとされます(1)。しかし、救急外来の実際としては疼痛で挙上をはばかられる場合も多く、受傷直後の受診時に正確な診断することは困難と思われます。専門家によっては40歳以上の場合に超音波によるスクリーニングを推奨している場合もあるようですね(4)。確定診断にMRIが有用とされています。
肩関節脱臼は関節脱臼の約50%を占め、脱臼といえば最初に挙がるものの一つです。その中でも前方脱臼が95-97%とほとんどを占めています(5)。ありふれた疾患であるからこそ、それぞれのリスクを適切に評価し専門家につなげられるようにしたいですね。
<設問2>整形外科医は不在であり、整復を行うこととなりました。普段使用する整復方法があれば教えてください。
肩関節脱臼の整復方法は様々で、なんと世の中には23種類の方法と17の変法が存在するそうです(5)。まるでプロレス技みたいですね!そのなかで皆さんはどの方法を選択されているのでしょうか?Stimson法が最大となりましたが、Hippocratic法、FARES法、Milch法(ゼロポジション法)も一定の割合で選択されていることが分かりました。
選択肢に挙げた方法は比較的名の知れている方法ですが、それぞれの方法について、メリット・デメリットを解説したいと思います。理想的には整形外科医にon-the-job trainingしてもらうことですが、なかなか難しいことも多いのではないでしょうか。最近はYoutubeで様々な整復方法の動画がUPされていますので、静止画ではわかり難い部分を学ぶのによいツールとなっています。気になる方はチェックしてみてください。成功率や疼痛の程度、所要時間については最後に表を提示しておきます。
■Stimson法
1900年に登場した方法です。患者は診察台にうつ伏せの状態とし、ベッドサイドから脱臼した腕を垂らしてもらいます。手首に重り(4.5-7kg)をつけて牽引がかかるようにし、おおよそ10-20分ほどその状態を維持してもらいます(5,6)。
【メリット】:一人で可能。鎮静は基本不要(7)。
【デメリット】:時間がかかる。成功率が低い。うつぶせにした後はモニタリングが難しい(8)。
(文献5,6 より引用) |
肩甲骨の操作を加えるScapular manipulationという方法があり、成功率は著明に向上するようです(9)。
(文献5より引用) |
■Kocher法
1870年に報告がされています。患者は臥位の姿勢で、肘関節は90度屈曲の状態とします。上腕の長軸方向に牽引もしておきましょう。その後、上腕を外旋させていくと、途中で抵抗を感じる場所がありますが、そこからさらに外旋させ、肩関節を軽度前方へ屈曲、そして上腕を内転させると整復されます(5,6)。整復時に患者自身が術者の指示に従って腕を動かしながら整復する方法も紹介されています(10)。
【メリット】:一人で可能。筋肉質な患者であればMilch法より成功率が高い(11)。
【デメリット】:痛みが強い。1.8%に関節窩・骨頭骨折の報告(6)。
(文献5より引用) |
■Hippocratic法
古典的で非常に有名な方法ですね。患者は臥位の姿勢で、脱臼した腕を少し外転させて長軸方向に牽引します。術者の足を患肢の腋窩に差し込み、countertractionを行います。この足で骨頭を外側上方へ押しだすようにすると整復されます(5,6)。
骨・神経・血管損傷の報告がされており、手技に習熟した者が行うのが望ましいでしょう。初学者には勧めにくいのが実際です。
【メリット】:方法がシンプル。
【デメリット】:痛みが強い(12)。上腕骨骨折や腕神経叢・血管損傷の報告あり(6)。
(文献5より引用) |
■FARES法
2009年に報告された、比較的新しい方法です(12)。患者は臥位の姿勢で、外転しない状態から長軸方向に牽引を行う。腕を上下に±5cmほどの幅でゆらしながら徐々に外転させていきます。90度外転したところで外旋させ、その後も同様の手順で外転を継続していきます。外転120度程度で整復されることが多いとされています(5,6)。
【メリット】:一人で可能。痛みが少ない。鎮痛が不要(12)。
【デメリット】:特になし。
■Milch法
1938年にMilch先生が報告した方法ですね。患者は臥位の姿勢とします。術者は片手を患肢の腋窩に差し込み骨頭を触知します。空いてる方の手で90度以上ゆっくりと外転・外旋、次いで骨頭を外側上方へ押しこむようにしていくと整復されます(7,11,13)。
理論的には骨折のリスクはあるとされていますが、きちんと記載された文献はないようです(6)。
【メリット】:一人で可能。鎮静は不要である。
【デメリット】:受傷からの時間経過、筋肉質な患者で成功率低下(11)。
(文献5より引用) |
(6,8より改変)
患者の年齢や体格、そして用意できる環境や人数によって整復方法の選択は変わります。自分一人で施行せざるを得ないのであれば、静脈麻酔は患者の安全確保の意味から選択しにくいですし、複数人用意できるのであればアシスタントを要するTraction-countertractionなどを選択してもよいでしょう。
経験と自信、そして時間があれば肩関節周囲の筋肉(僧帽筋、三角筋、二頭筋、大胸筋)をほぐすことで整復する、Cunningham法やSool法を用いるのも選択肢となってきます。残念ながら、いかなる状況でも使える完璧な方法はいまだ見つかっていません。透視を利用するのも選択肢ですし、その時に利用できる医療資源の中でbestな選択をしないといけませんね。
整復で合併症を生じる場合もあるため、自施設の整形外科医と整復法のすり合わせを行い、救急外来でどこまでするかのコンセンサスを作っておくとよりよいでしょう。また、リスクのある時や整復困難な時にはためらわず相談することが肝要です。
<設問3>整復の際の鎮静について教えてください。
<設問4>整復の際の鎮痛について教えてください。
皆様、肩関節前方脱臼を整復する際の鎮痛鎮静はどうされているでしょうか?今回はスポーツマン体型の若年男性ということで、初めから鎮痛鎮静するかどうか悩まれた方も多かったのではないでしょうか?鎮痛も鎮静も、それに伴う侵襲や合併症のリスクがあり、容易に整復できそうであれば施行しないというのも十分選択肢です。一方で筋肉量が多い患者では十分な脱力を得るために鎮静することは一般的と思われます。ひとまず無鎮静でトライし、成功しない場合に鎮静するという意見も見られました。
鎮痛鎮静に際してどの薬剤を用いるのか、麻薬は使うのかなどはまだはっきりした結論が出ていません。プロポフォールとケタミンを併用する(いわゆるKetofol)で呼吸抑制や血圧低下の有害事象を避けられると述べる専門家もいますが、現時点ではまだ甲乙つけがたいというのが本音のようです。日本ではケタミンが麻薬に分類されているため、使用の閾値は更に上がると思われます(14)。
では関節内へのキシロカイン注射はどうでしょうか。やはり、合併症(とくに呼吸抑制)という観点では局所の薬剤投与で済む関節内注射に軍配があがります。また、病院滞在時間も関節内注射の方が短くて済むとされます。一方で気になる脱臼整復率や、整復操作に伴う疼痛に関しては有意差がでていません(15)。そして、関節内注射最大の懸念ともいえる感染症ですが、正確な発症率の報告はありません(16)。忙しい外来であっても適切な清潔操作、手技を心がけましょう。
<設問5>あなたの属性は?
今回も様々な方に参加いただきました。整形外科の先生や学生・看護師など、147名の方に回答いただいています。ご参加有難うございました!
<Take Home Message>
・肩関節前方脱臼の合併症はまず骨折、神経、血管の評価を。
・整復法それぞれのメリット、デメリットがあるため、自分と患者に合った方法を探す。
・合併症がある時、整復困難な時はためらわず整形外科に相談する。
<参考文献>
●文献1:Sports Med Open. 2019 Jul 11;5(1):31.
●文献2:J Belg Soc Radiol. 2016; 100(1): 89.
●文献3:Orthop Clin North Am. 2000 Apr;31(2):231-9.
●文献4:Ann R Coll Surg Engl. 2009 Jan;91(1):2-7.
●文献5:Turk J Emerg Med. 2016 Nov 18;16(4):155-168.
●文献6:J Spec Oper Med. 2012 Summer;12(2):83-92.
●文献7:Am J Emerg Med. 1991 Mar;9(2):180-8.
●文献8:Arch Orthop Trauma Surg. 2017 May;137(5):589-599.
●文献9:Ann Emerg Med. 1992 Nov;21(11):1349-52.
●文献10:Injury. 2005;36(10):1182-1184.
●文献11:Injury. 1986 Sep;17(5):349-52.
●文献12:J Bone Joint Surg Am. 2009 Dec;91(12):2775-82.
●文献13:Orthopedics. 2006 Jun;29(6):528-32
●文献14:Acad Emerg Med. 2015 Sep;22(9):1003-13.
●文献15:J Clin Anesth. 2014 Aug;26(5):350-9.
●文献16:Cochrane Database Syst Rev. 2011 Apr 13;(4):CD004919.