2020.01.06

EMA症例104:12月症例解説

 2019年12月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。12月24日時点で全ての質問に回答をいただいた方は114名いらっしゃいました。

 それでは、回答結果を供覧します。

 質問1は事前準備についての質問でしたが、以下のような結果になりました。

 

 気道のマネージメントに関するもの、また蘇生後ケアに関するものが大部分でした。その他に超音波の準備や入院先のベッドを確保するなどが挙げられていました。

 

 質問2は初期対応における優先事項についての質問でした。回答者の施設背景次第で直ぐできる処置にも差があると思われましたが、ここでも気道確保や呼吸管理に関するものが多く見られました。

 

 質問3は循環不全が顕在化した状況での対応についての質問でした。

  回答数
エコー 26
動脈血液ガス分析 14
気管挿管 13
昇圧剤 8
心電図 7
輸血 6
気管支鏡 4
動脈ライン挿入 4
単純レントゲン 2
細胞外液補充 2
抗菌薬投与 2
その他 10

「その他」には異物除去、腹水穿刺、CV留置、貧血マーカー提出などが含まれていました。

 

 質問4は診断が確定した中、IVR入室前に行う処置についての質問でした。

 輸血準備に関する回答が圧倒的に多く、トラネキサム酸とワーファリン拮抗薬投与が次に続きました。尚、動脈ライン挿入で場所を明記された方は右橈骨動脈への留置がやや多かったように思われます。

 尚、輸血療法の準備に関しては、以下のように大きく意見が分かれております。

 

 

 最後に 回答をいただいた皆様の背景です。

  人数
救急科専門医 37
専攻医:救急科 26
専攻医:救急科以外 16
内科/総合診療科医 16
初期研修医 14
集中治療医 7
医学生 1
その他(自由記載) 6

 

 

 さて、今回の症例について、その後の経過をみてみましょう。 

<救急外来での対応>
 本症例では、救急外来にて経口気管挿管を施行、トラネキサム酸1000mg静注、ワルファリン拮抗剤としてメナテトレノン(ケイツーN®)20mg静注していました。血行動態が安定化したので、輸血は交差適合試験が終わった段階での投与と言う方針で血管造影室入室としました。末梢静脈ラインは20G, 22Gがそれぞれ1本ずつ、Aラインは挿入されていませんでした。

<血管造影室での対応>
血管造影室入室時点で収縮期血圧が60mmHgまで低下し、細胞外液の急速投与で立ち直るものの、やはり細胞外液のみでは血行動態を維持できませんでした。既にABO血液型は判明しており、血液型を合わせて交差適合試験の結果を待たず輸血開始としました。

 本症例では右上腕動脈穿刺が難しく、右大腿動脈アプローチで処置開始しています。右内胸動脈を選択的に塞栓すると輸液・輸血を緩めても血圧低下・頻脈増悪しなくなりました。続いて右肝動脈分枝の造影剤血管外漏出を塞栓し、ICUに入室しています。尚、上記の塞栓術と同時進行で左大腿動脈で観血的動脈圧測定を開始、またCVラインと大口径シースを大腿静脈で確保し、各種薬剤投与と急速輸血用のルートとしています。

 

 今回の症例における重要な検討事項は以下の3点です。

  • 誤嚥窒息の患者における気管挿管タイミング
  • Transient responderにおける輸血タイミング
  • 血管造影室における全身管理

 

1.誤嚥窒息患者における気管挿管タイミング

 誤嚥窒息が疑われる患者において、診察時にも気道閉塞所見があれば、確実な気道確保として経口気管挿管を施行することに躊躇いはないはずです。本症例においては発声ができるものの、気道が安定しているかどうかの評価は必要であり、シーソー呼吸の有無などを確認しつつ、現実的には喉頭展開した上で異物が残存しているのかどうか評価し、必要であれば異物除去を追加するプロセスも念頭に対応しましょう。

 また呼吸状態としてもⅡ型呼吸不全・呼吸性アシドーシスがあり、陽圧換気の適応として良い状況です。高齢者である点を踏まえると、経口気管挿管を差し控えて補助換気や非侵襲的陽圧換気で意思決定者の来院を待ちたいという考えもあるかも知れませんが、この場合でも上気道の評価は必要で、喉頭展開が躊躇われるようであれば喉頭ファイバーの選択はあっても良いかも知れません。(文献1-2)

2.出血性ショックにおけるTransient responderにおける輸血タイミング

(2-1) Transient responderは輸血・止血を要する可能性が高い血行動態である

 Transient responderの対応について皆さんの施設ではどのように設定されているでしょうか?外傷初期診療ガイドライン(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care;以下JATEC)において推奨されている初期輸液療法は御存知の通り、「成人1〜2L, 小児では20mL/kgを目安」として「蘇生時に確保した大口径静脈路から全開で滴下(ボーラス投与)して反応をみる」といったものであり、前提として18G以上の太い末梢静脈ラインで投与して血行動態の評価を行う形になります。これで反応が無い、もしくは不十分であればNon-responderとして直ちに輸血を開始し、緊急の止血処置を必要とします。また安定が得られて持続するものはResponderと判断され、通常は止血術を必要としません。

 そこで問題になるのが、Transient responderの対応です。本症例では比較的少量の細胞外液でも血行動態が改善しており、このままResponderないしTransient responderとなるか、はたまた輸液反応性が不十分でNon-responderとなるか、質問3の時点では判断し難いでしょう。しかしながら、搬入前・搬入直後・CT移動前と経時的に見ると、徐々に頻脈が悪化し、血圧が低下しており、出血性ショックとすればAmerican College of Surgeons分類Class 3相当と解釈できます。(文献3)

 Transient responderにおける輸血戦略は施設によって大きく考え方が分かれるかも知れません。また本症例のように救急外来滞在中に循環動態が不安定化するケースから、数日の経過でジワジワと貧血の進行や頻脈の遷延が見られるケースまで様々であり、JATECにおいても明確な推奨は記載されていません。しかしながら、Transient responderと判定された時点で輸血や止血が必要と予測される点、外傷患者で極力晶質液を制限したい点などを考えると、積極的な輸血療法の妥当性は高いでしょう。標準的治療として明確な答えがない話題ですので、施設毎のポリシーについて後述の大量輸血予測スコアなども交えた議論が必要です。

 ところで、トラネキサム酸は重症外傷性出血における有効性が示され、欧州のガイドラインでは受傷後3時間以内の開始が推奨されています(文献4)。ワルファリン拮抗薬については若干事情が複雑です。ビタミンK投与は古典的ですが、即効性が無く、危機的出血においては凝固因子の直接補充としてFFP投与が選択されてきました。近年発売されたケイセントラ®はビタミンK依存性第Ⅱ, Ⅶ, Ⅸ, Ⅹ凝固因子を直接大量に補充できる4因子含有プロトロンビン複合体製剤(4f-PCC)であり、「ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制」が適応です。しかしながら、外傷患者において臨床的アウトカムを改善するデータは未だ無く、これらの薬剤についても施設毎のポリシー設定が必要です。現時点でのコンセンサスについては、「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン」を一読することをお勧めします(文献5)。

(2-2) 高齢者における胸骨圧迫は合併症としての骨折や出血に注意を要する

 今回、胸骨圧迫が受傷機転と考えられ、これによりバイタルサインを脅かすような損傷が生じ得るのか、疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。JATECでは高齢者胸部外傷の特徴として「胸壁の弾力性が低下しているため、肋骨骨折、重篤な肺損傷、気胸や血胸を合併しやすい」としており、受傷機転が軽微であっても侮れません。

 文献ですが、心肺蘇生法による損傷についてまとめた報告によると、胸骨骨折、肋骨骨折は21〜65%程度と高頻度に生じていたとされており(文献6)、胸壁損傷を生じ得ることは複数の試験で追試されています。本邦における検討で肋骨骨折はガイドライン2010時代で68.7%と報告されています(文献7)。また国外の報告においてもガイドライン2010時代で肋骨骨折は78.9%、胸骨骨折は26.8%と報告されており(文献8)、胸骨圧迫は胸壁損傷を生じる鈍的胸部外傷と捉えるべきです。

 一般的に24時間以内にRBC 10単位以上が必要な場合を大量輸血としていますが、その予測スコアとしてTrauma Associate severe hemorrhage(TASH)スコアやAssessment of Blood consumption(ABC)スコア、Traumatic Bleeding Severity Score(TBSS)などが報告されています。

 高齢者に対する胸骨圧迫は「軽微な受傷機転でも重篤化し易い高齢者が、反復して鈍的胸部外傷を受けた」と解釈できます。また本症例は来院時点でTBSS 14点以上であり、大量輸血が必要になる可能性は十分予測できます。抗凝固薬内服していることも加味して循環動態に変化があった時点で輸血準備を開始することは妥当と言えるでしょう。

 

3.血管造影室における全身管理

 ところで、皆さんの施設では、IVR中の全身管理は誰が担当しているでしょう?そもそもオペレーターが救急医で、救命救急センターのスタッフで全身管理もIVRもしているというところもあろうかと思いますし、全身管理は救急医が担いつつオペレーターを放射線科に依頼すると言った方策をとる施設もあるかと思います。もしかすると、放射線科がオペレーターも行いつつ、全身管理も行う施設もあるかも知れません。どのようなスタイルを取るかは施設の限界もあり、正解となるような推奨もありませんが、このような外傷の症例において術中管理が疎かにならないような注意は必要です。

 外傷専門診療ガイドライン(Japan Expert Trauma Evaluation and Care;以下JETEC)において、外傷の周術期戦略の一環で、止血が完了するまでの蘇生前期管理目標として、(1)収縮期血圧80〜90mmHg(頭蓋内損傷合併例では80mmHg以上)、(2)中心部体温36度、(3)血中ヘモグロビン濃度7〜9g/dL、(4)血小板数50,000/μL以上(頭蓋内損傷合併例では100,000/μL以上)、(5)フィブリノゲン 150〜200mg/dL以上、(6)イオン化カルシウム 0.9mEq/L以上などが挙げられています。IVR中のモニタリングや管理は緊急手術と同等であるべきであると記載されています。特に血管造影時は低体温に移行し易いことにも注意が必要です(文献9)。

 前述のように施設によって実情は異なるかも知れませんが、少なくともバイタルサインが不安定な症例においては、全身管理担当者とオペレーターを可能な限り別に設定することが重要です。術中の全身管理の精度だけでなく、逐一術者の手を止めることなく処置を進められることが処置完遂までの時間短縮に繋がります。

 そして、JETECにも記載がある通り、血管造影室は機械の性質上、低体温になり易く、通常蘇生に長けた環境と言い難いです。一方、自由に透視が使えるため、血管造影以外でも処置にとっては有利な環境と言え、必要な物品を救急外来から持ち込む事で、より蘇生に適した環境を構築できる可能性があります。血管造影室や救急外来のスタッフ、放射線科、救急科などで意見を出し合い、擦り合わせた上で、可能であればコンセンサスとしてのプロトコールを作成していくことが肝要です。

 具体的に、救急医としては「入室前に気管挿管までは済ませたい」などの要望や「血管造影室滞在中どのように救急外来を管理するか」と言った課題が聴取されるかも知れません。また血管造影室としては「指揮命令系統をはっきりしてくれれば対応できる」「IVRの対応で手一杯なので濃密な全身管理が必要であれば救急外来なりICUなりから応援が欲しい」と言った意見が聴取できるかも知れません。これを機に、施設内で「こんな症例が来たら、ウチだったらどうする?」と多職種でディスカッションしていただければ幸いです。

 

Take home message

(1)     誤嚥窒息の症例では、経口気管挿管の可能性を念頭に、気道と呼吸の評価を行う。

(2)     高齢者では特に「胸骨圧迫=鈍的胸部外傷」として胸部損傷の可能性を念頭に置く。

(3)     Transient responderにおいて、輸血療法や止血術開始が遅れないようチーム内で統一した輸血戦略を設定する。

 

参考文献

1. 改訂第5版 救急診療指針, へるす出版, 2018
2. 内科救急診療指針2016, 総合医学社, 2016
3. 改訂第5版 外傷初期診療ガイドラインJATEC, へるす出版, 2016
4. Rossaint R et al, The European guideline on management of major bleeding and coagulopathy following trauma: fourth edition, Critical Care, 2016;20:100
5. 大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン, 日本輸血・細胞治療学会, 2019(http://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/7d65d47d2a24abce33492c79353a865f.pdf:2019年12月最終アクセス)
6. Krischer JP et al, Complications of cardiac resuscitation, Chest, 1987;92: 287–291.
7. 大屋 聖郎 ら, CPRに伴う胸部外傷についての検討―心肺蘇生ガイドライン2005と2010に準じたCPRの比較―,  日救急医会誌, 2015; 26: 146-51
8. Beom et al, Investigation of complications secondary to chest compressions before and after the 2010 cardiopulmonary resuscitation guideline changes by using multi-detector computed tomography: a retrospective study, Scandinavian Journal of Trauma, Resuscitation and Emergency Medicine, 2017; 25:8
9. 改訂第2版 外傷専門診療ガイドラインJETEC, へるす出版, 2018