2019.12.02

EMA症例103:11月症例解説

 11月の症例問題は「頭部外傷後に、明らかなCT所見がなかったらどうするか?」という症例を2例提示させていただきました。非常によくあるケースで、どのような対応が望ましいのかを再確認する機会にしていただければと思って問題を作成しております。

 回答者は問1で130名、問2で87名の方にご参加いただけました。
 回答者の内訳を示します。

 さて、問1では特に内服のない頭部外傷患者、問2ではDOAC(エドキサバン)を内服している頭部外傷患者を選択しました。実際の症例では双方とも一旦帰宅となったのですが、その後、どうなったかを画像でお示しします。また、それぞれのアンケート結果がどうなったかも合わせてお示しします。

問1 来院時の頭部CT 問1 受診2日後の頭部CT 問1の回答割合

 

問2 来院時の頭部CT 問2 受診6日後の頭部CT 問2の回答割合

 
 どちらの症例も一旦帰宅となり、後日出血が判明しています。さて、実際にどのような診療を心掛けるとよかったのかを検討してみたいと思います。

 

◯MTBI(Mild Traumatic Brain Injury)
 今回の症例問題は2例とも共通しているのが、高齢者の頭部顔面外傷で、頭部CTを撮影したけども画像からは出血を疑う所見が得られていないことです。病歴としてはどちらも、クルマに跳ねられたり、高所から転落したりしたわけでもなく、高エネルギーの頭部外傷とは考えにくいのも共通しています。こういった頭部外傷をMTBIと表現することがあります。MTBIには色々な定義がありますが、その1つを以下に示します1

頭部外傷患者で1)〜3)を満たす
1) ・錯乱
  ・見当識障害
  ・30分以内の意識消失
  ・24時間以内の外傷後健忘
  上記いずれか1つ以上がある
  下記のいずれかを含んでもよい
  ・一過性のけいれん発作や神経巣症状
  ・手術を要しない占拠性病変
2) 外傷30分後の時点または
  医療機関受診までのGCSが13-15点
3) 以下に該当しない
  ・ドラッグや薬物による外傷
  ・アルコールによる外傷
  ・他の外傷治療の結果
  ・頭部穿通性外傷

参考文献1より作成

  臨床現場では「軽症っぽい頭部外傷」や「脳震盪」と表されるかもしれません。MTBIは短期間で回復するケースが大半ですが、約半数に脳震盪後症候群があるとも言われ1、外傷後の記憶障害や注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などのために社会生活の適応力が低下しているとも言われています。軽症として軽く扱われがちですが、入院を必要とするMTBIの7%に外科的治療が必要になると言われており2、慎重な姿勢が要求されます。

 救急外来では意識状態の変容、意識消失時間、健忘の有無の確認、GCSの評価、受傷機転、アルコールや薬物などの摂取物の確認などMTBIかどうかをチェックしながら、神経所見や精神状態の評価が必要です3

 軽症頭部外傷で頭部CTを撮影するかどうかの基準としてカナダ頭部CTルールが有名です4。このルールを適応するときは神経巣症状の欠失のある人、てんかん発作、出血性素因や抗凝固薬の内服がある人、頭部外傷後再評価のための受診患者は含まれない点に注意しましょう。

カナダ頭部CTルール
以下の場合頭部CTを撮影する
・外傷から2時間後のGCS <15
・頭蓋骨開放または陥没骨折の疑い
・頭蓋底骨折の徴候:パンダの目、バトルサイン、鼻腔からの髄液漏出
・2回以上の嘔吐
・65歳以上
・30分以上の逆行性健忘
・危険な受傷機転(自動車に衝突した歩行者、車外放出された乗員、3フィート以上または5段以上からの転落)

 

 

◯頭部CT陰性のMTBIは帰宅か入院か?
 今回の症例はMTBIを疑う病歴で頭部CTまで撮影したが所見がなかった2例です。アンケート回答では「帰宅させ翌日の外来受診を指示」が問1で24%、問2で34%と4分の1〜3分の1の方が帰宅させるという判断になりました。頭部外傷患者に頭部CTを撮影するかどうか?という議論はよくあるものの、頭部CTが陰性だった場合にどうするか?という議論は少ないようです。

  高齢者についてはMTBIの定義に該当しても、小児の5倍近く出血のリスクがあるため5、「軽症」としてはならないとも言われます6。本2症例では高齢者というだけで、軽症として対応してはならないとも言えます。高齢者は年齢とともに脳が萎縮し頭蓋内に多くの空間があるため、出血による症状が出るのに余裕がある可能性があります。そのため軽症と思っても高齢者は頭部CTを積極的に撮影することになります6

 MTBIで頭部CTが陰性であった場合の方針としては、
  ・GCSが15点未満
  ・出血性素因や抗凝固薬の内服がある
  ・けいれんがあった
  ・自宅で様子をみる介護者がいない
上記の場合は入院を推奨し、いずれにも該当しない場合は自宅での経過観察が推奨されます7,8

 症例1はGCS14点、けいれんの有無は目撃なく不明(※目撃がない時点で慎重になるべきかと思います)というところが該当しており、症例2は抗凝固薬の内服がある時点で入院を考慮することになります。

 

◯2回目のCT
 最初のCTが陰性の場合にフォローアップの画像診断を行う場合は次のようなときです。

・神経学的所見の悪化
・原因不明の神経所見
・抗凝固療法を受けている場合

  症例2のように抗凝固薬を内服している場合は、フォローアップとして数時間後や入院後に2回目のCTやMRIを撮影します。ワルファリンによる抗凝固療法患者では、2回目のCTで1.4-6%に出血があったと報告されているためです9,10。 クロピドグレルによる抗血小板療法の場合は約1%11、DOACを内服している場合も約1%と報告されています12。100人に1人を多いと考えれば、慎重な経過観察のために入院をすすめることになりますが、3回目のCTではどうなのか、何時間経過観察をすればよいのかは議論の余地が残っています。

 

◯抗凝固療法の中断
 抗凝固療法を受けている患者のMTBIで1回目のCTで陰性の場合に、抗凝固療法を止めるべきかどうかについては、未だにわかっておりません。頭蓋内に出血があれば内服中止の判断はしやすいですが、何時間止めるか、中断することによる血栓症などのリスクについては、これからの評価が必要になってきます。

 

まとめ
・高齢者はMTBIでも慎重に対応する
・抗凝固療法を受けているMTBIは入院経過観察や画像診断のフォローが望ましい
・MTBIでいつまで経過観察すべきか、抗凝固療法を中断すべきかについて明確なEvidenceはない

 

参考文献
1. Carroll LJ, Cassidy JD, Holm L, Kraus J, Coronado VG; WHO Collaborating Centre Task Force on Mild Traumatic Brain Injury. Methodological issues and research recommendations for mild traumatic brain injury: the WHO Collaborating Centre Task Force on Mild Traumatic Brain Injury. J Rehabil Med. 2004 Feb;(43 Suppl):113-25.
2. 日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第4版編集委員会編:改訂第4版 外傷初期診療ガイドラインJATEC.東京,へるす出版,2012.
3. McCrory P. Do not go gentle into that good night... Br J Sports Med. 2005 Oct;39(10):691.
4. Stiell IG, Wells GA, Vandemheen K, Clement C, Lesiuk H, Laupacis A, McKnight RD, Verbeek R, Brison R, Cass D, Eisenhauer ME, Greenberg G, Worthington J. The Canadian CT Head Rule for patients with minor head injury. Lancet. 2001 May 5;357(9266):1391-6.
5. Styrke J, Stålnacke BM, Sojka P, Björnstig U. Traumatic brain injuries in a well-defined population: epidemiological aspects and severity. J Neurotrauma. 2007 Sep;24(9):1425-36.
6. Papa L, Mendes ME, Braga CF. Mild Traumatic Brain Injury among the Geriatric Population. Curr Transl Geriatr Exp Gerontol Rep. 2012 Sep 1;1(3):135-142.
7. Vos PE, Battistin L, Birbamer G, Gerstenbrand F, Potapov A, Prevec T, Stepan ChA, Traubner P, Twijnstra A, Vecsei L, von Wild K; European Federation of Neurological Societies. EFNS guideline on mild traumatic brain injury: report of an EFNS task force. Eur J Neurol. 2002 May;9(3):207-19.
8. Borg J, Holm L, Cassidy JD, Peloso PM, Carroll LJ, von Holst H, Ericson K; WHO Collaborating Centre Task Force on Mild Traumatic Brain Injury. Diagnostic procedures in mild traumatic brain injury: results of the WHO Collaborating Centre Task Force on Mild Traumatic Brain Injury. J Rehabil Med. 2004 Feb;(43 Suppl):61-75.
9. Kaen A, Jimenez-Roldan L, Arrese I, Delgado MA, Lopez PG, Alday R, Alen JF, Lagares A, Lobato RD. The value of sequential computed tomography scanning in anticoagulated patients suffering from minor head injury. J Trauma. 2010 Apr;68(4):895-8.
10. Peck KA, Sise CB, Shackford SR, Sise MJ, Calvo RY, Sack DI, Walker SB, Schechter MS. Delayed intracranial hemorrhage after blunt trauma: are patients on preinjury anticoagulants and prescription antiplatelet agents at risk? J Trauma. 2011 Dec;71(6):1600-4.Menditto VG, Lucci M, Polonara S, Pomponio G, Gabrielli A. Management of minor head injury in patients receiving oral anticoagulant therapy: a prospective study of a 24-hour observation protocol. Ann Emerg Med. 2012 Jun;59(6):451-5.
11. Peck KA, Sise CB, Shackford SR, Sise MJ, Calvo RY, Sack DI, Walker SB, Schechter MS. Delayed intracranial hemorrhage after blunt trauma: are patients on preinjury anticoagulants and prescription antiplatelet agents at risk? J Trauma. 2011 Dec;71(6):1600-4.
12. Turcato G, Zannoni M, Zaboli A, Zorzi E, Ricci G, Pfeifer N, Maccagnani A, Tenci A, Bonora A. Direct Oral Anticoagulant Treatment and Mild Traumatic Brain Injury: Risk of Early and Delayed Bleeding and the Severity of Injuries Compared with Vitamin K Antagonists. J Emerg Med. 2019 Oct 21.