2019.10.15

EMA症例101:9月症例解説

今回は短い回答期間にも関わらず50人近い方にご回答いただきました!

ありがとうございます。

さっそく、みなさまの属性とアンケート結果を見ていきましょう。

 

 

質問1:心電図所見は?何か異常はありますか?

 

なんかちょっと変だけど、なにが変なのだろう・・・不整脈なのか・・?というみなさまの迷いを感じる結果でした。

右脚ブロックは最も多く指摘していただき、P波がない、QRS波形の高さが変わっている、複数あるという鋭い指摘も見受けられました。

他には軸偏位やT波の異常などの指摘がありました。

(↑心電図を再掲します。)

 

 質問2:追加で知りたい検査所見・身体診察・問診などありますか?(自由回答)

 心エコーにて心嚢液貯留、弁膜症、壁運動の異常を確認したいという回答が最多で、トロポニン値、電解質をチェックするという意見が続きました。

その他にチェックしたい項目として、

・失神/前失神の病歴、随伴症状、肺塞栓の既往

・血圧の左右差

・過去の心電図と比較したい、甲状腺ホルモン値

などの意見がありました。

心電図を見る時、過去の心電図と比較すると虚血性の変化や不整脈など、大きなヒントが得られることもありますね。

 

質問3:初期対応は?(複数回答可)

 朝まで経過観察と仮眠中の循環器内科医に相談する方に大きく分かれました。

この辺りはみなさまの施設の循環器内科医との距離感も影響しているでしょうか。他には処方なしで帰宅、場合によっては透析、もう一度心電図をとる、翌朝の循環器内科外来へ、などの意見がありました。

 

さて、本症例に戻ります。

 不安障害のある方の動悸、救急外来ではよく見る主訴ですね。

今までにも同症状はある、ジアゼパムが効かなかった、バイタルサインも安定している、となると、混雑した救急外来ではトリアージ的に後回しになりがちかもしれません。

 

さて、この患者さんもそんな感じで後回しになっていました。

話を傾聴してさっさと帰そう。胸部症状だし弁膜症もあるみたいだし、一応心電図はとっておくかー。めんどうくさいけど。・・・担当した研修医はそんな気持ちだったかもしれません。

救急外来で最も多い認知エラーは「所見の評価ミス”misjudging the salience of a finding”」と「思考の早期閉鎖”premature closure”」との報告があります。1)

特に精神疾患のある患者や薬物乱用の既往のある患者は、またいつもの・・・とラベリングされがちです。これはpsych-out errorといわれます。

 

この研修医はこの認知エラーに打ち勝ち、一応心電図をとり、その心電図に違和感を覚えました。

「HR82、RBBB、P波がない? ややwide QRS、リズムは整、QTc454 洞調律・・・ではない?でも頻脈でも徐脈でもない・・・。不整脈ではないよね・・? バイタルも安定してるし帰しちゃだめかな・・・。一応相談しておくか・・。」

ということで上級医に相談したところ、促進型接合部調律の疑いで循環器内科医にコンサルトすることになりました。

P波はないように見えますが洞不全というよりも、R波が高くなったり低くなったりしており(図1赤・青矢印)、もしかしたらP波がQRSに隠れている可能性も考えられることからやはり促進型接合部調律が疑われ、ベラパミルを静注してみる方針となりました。

 

(図1)初診時の心電図。青矢印と赤矢印でQRSの形が異なる。

 

ベラパミルを生食で希釈しdripで静注後に再度心電図をフォローしたところHR60/min台へ落ちてP波が出現し、ご本人の動悸の症状も消失しました。(図2)

 

(図2)ベラパミル投与後の心電図

 

<促進型接合部調律>

なんらかの原因で洞結節から房室結節以下への刺激の頻度が下がると、より下位の刺激伝導系による補充調律となります。

房室接合部から出現した興奮は、刺激伝導系の上位である心房へ逆行性に、下位である心室に順行性に伝わります。

その結果、心室の興奮を意味するQRSは洞調律の時と同じ形となり、心房の興奮を意味するP波は逆行性P波と呼ばれる形になります。

房室接合部調律や、異所性調律である冠静脈洞調律では、逆行性P波としてⅡ、Ⅲ、aVF誘導で、逆転した下向きのP波を確認できることもあります。心房の興奮と心室の興奮が同時に起こると、P波はQRSに埋もれる形になります。

 

通常、補充調律は洞調律よりも心拍数が少なく40~60/min程度ですが、70~130/minとなることがあり、これを促進型房室接合部調律といいます。

洞調律と房室結節調律の関係は、房室結節における刺激伝導路の状態と心房と心室の心拍数により決まります。2)

逆行性に刺激があればQRSとP波は関係をもちますが、逆行性の刺激がなければP波は洞結節のコントロール下にあり、房室結節のコントロール下にあるQRSとは完全に独立して出現します。

促進型接合部調律は接合部の自動能が亢進している状態です。

ほとんどが心疾患のある患者で見られ、原因がはっきりわからないケースは稀のようです。

よくある原因としては、古典的にはジギタリス中毒、最近では急性心筋梗塞後(特に下壁梗塞)、心臓術後、心筋炎などです。また、イソプレナリン、アドレナリンといったβアゴニストも原因となり得ます。3)

根本的な治療は原疾患を見つけて治療することですが、今回のように心機能やバイタルサインに注意しながらCaブロッカーなどで刺激伝導系を抑制することで洞調律に戻ります。4)

本症例は、中等度の大動脈弁狭窄症の指摘はあったものの、ジギタリスの内服はなく、類似作用を有する野草などを食べる習慣もなく、心エコーと血液検査から虚血性心疾患や電解質異常も否定されたため、経過観察後に外来フォローとなりました。

 

まとめ

・救急外来では「所見の評価ミス”misjudging the salience of a finding”」と「思考の早期閉鎖”premature closure”」に気をつけよう。

 ・P波がない時は、QRS~Tの中に埋もれているかもしれない。QRSの形に変化がないか見てみよう。

 

参考文献

1) Schnapp BH, Sun JE, Kim JL, Strayer RJ, Shah KH. Cognitive error in an academic emergency department. Diagnosis (Berl). 2018 Sep 25;5(3):135-142.

2) Surawicz Knilans CHOU’S ELECTROCARDIOGRAPHY IN CLINICAL PRACTICE Sixth Edition SAUNDERS ELSEVIER 2008

3) https://litfl.com/accelerated-junctional-rhythm-ajr/(2019.10.1閲覧)

4) Wilbert S. Aronow, in Brocklehurst's Textbook of Geriatric Medicine and Gerontology (Seventh Edition), 2010