2020.01.17

EMA症例56:12月症例解説

皆様、この度は多くのレスポンスをいただき、ありがとうございます。なんと111名もの方が、忙しい中回答していただきました!
では、見ていきましょう。

1)この患者に行いたい検査は?
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この患者さんは、呼吸回数はギリギリ毎分20回ですけど、SpO2が今ひとつですね。皆さんの回答はこれを反映して、呼吸の機能(血ガス)と解剖(レントゲン・CT)を見ておきたいという回答が圧倒的でした。納得ですね。他の検査(生化学・血算・トライエージ)は、マネージメントに大きく影響しないという点で、選ばない方が多かったのでしょうか?

2)この患者に行いたい治療は?
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酸素化が悪いということで、酸素投与するのはごもっともですね。ここで気をつけたいのは、胃洗浄です。石油製品においての胃洗浄はよっぽど特殊な場合以外は、一般的に禁忌となっています。仮に胃洗浄をする場合は、誤嚥の可能性が高いので、気管挿管することが勧められています(今回胃洗浄と答えられた14名のうち、気管挿管も同時にすると答えた方は3名でした)。2番目に多かった活性炭も石油製品をあまり吸着しないことから、一般的に勧められていません。これは解説に詳細を確認しましょう。

3)この患者のdispositionは?
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帰宅以外と回答された方がほとんどでした。これはなぜでしょう?解説を見ていきましょう。

患者さんの経過:胸部レントゲンを撮ったところ、石油製品による誤嚥像が確認されたので、経過観察入院となる。夜間特に呼吸状態が悪化することもなく、翌日退院となった。
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                           石油製品誤飲

教育目標
●石油製品誤飲患者の対処法を学ぶ
●石油製品誤飲患者の入院適応を学ぶ

石油製品と聞いてどんなものを思い浮かべるだろうか?中毒の分野では、石油製品と言ってもかなり多岐にわたる。シンナー、灯油、ガソリン、有機溶媒、ワセリンなどが代表的なものだろう。今月は石油製品を臨床に役立つように分類して、その対応・入院適応を学ぼう。

石油製品による症状は多岐にわたり、摂取量以外にもその揮発性・脂溶性・粘度・表面張力が大きな影響を与える。例えば、揮発性の高いもの(シンナー・ガゾリン)や粘度と表面張力が低いもの(灯油)は誤嚥・誤飲することが多い。脂溶性の高いものは脳血液関門を通り抜けて神経症状をきたしやすい。 一般的に粘度(SUS)が<60のものは誤嚥しやすいとされている。

表)代表的な石油製品とその粘度
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石油製品の主な摂取方法は、①子供が誤って摂取(経口)、②職場での吸収(経皮・吸入)、③若い成人の娯楽薬としての摂取(吸入)となる。

興味深いことに娯楽薬としての吸入方法に sniffing, huffing, baggingがある。
Sniffing:容器に液体を入れて、蒸気を吸い込むこと
Huffing:液体を浸した布を顔にかぶせて、蒸気を吸い込むこと
Bagging:袋に液体を入れて、その蒸気を吸い込むこと

Huffingなどは肌が荒れそうですね…。

                           症状

石油製品による中毒作用は臓器によって大きく3つに分かれる。脳神経系、呼吸器系、循環器系である。

脳神経系
●石油製品はその脂溶性から、脳血管関門を通過し脳神経系に大きく影響する。
●急性の曝露では、一時的な高揚感・興奮の後に、幻覚・傾眠・失調症状などを経て、昏睡・痙攣・死に至ることがある。慢性の曝露では、脳に不可逆的な変化をもたらし、高度機能障害をきたし得る(記憶障害・集中力欠如・不眠など)。

呼吸器系
●主に、低粘度・低表面張力の石油製品が誤嚥されやすく、以下の機序によって肺を損傷する:①肺のサーファクタントに影響してコンプライアンスの低下する②直接的に肺組織の炎症・浮腫・壊死を起こす。
●これらの機序によって、咳・頻呼吸・低酸素・呼吸不全をきたし得る。

循環器系
●心筋細胞の感受性(特にカテコラミンに対して)を高める。
●不整脈(Vf、VT)のリスクを高め、心臓の収縮力や心拍数にも悪影響を及ぼす。

石油製品に曝露されて症状を訴える患者が受診した際に何をまずすべきか?

                           検査

特異的な検査はない。症状に応じて検査を進めよう。

呼吸器症状を訴えていたら胸部レントゲンはとろう。これによって入院・帰宅の判断に大きく影響する(後述)。胸部CTまでとる必要はほとんどの場合はないが、呼吸状態がかなり悪い場合は撮ることも考慮。また、呼吸状態が悪い場合・重症感がある場合は、血液ガスで酸素化・酸塩基状態を確認しても良い。

頻脈・不整脈・動悸・胸痛などを認めた場合は心電図をとろう。

血算はあまり役立たないだろうが、生化学は確認してもよい。と言うのも、遠位尿細管アシドーシスをきたし、高クロール・低カリウム血症きたすことがあるからだ。

頭部CTは頭部外傷や特異的な神経学的異常がなければ、あまり役立たないと思われる。

*面白いことに、ガソリンの色は国によって異なる。これは灯油と識別するために国によって定められている。例えば、日本ではオレンジ色、アメリカでは黄〜黄緑色である。

                           初療

拮抗薬がないので、対症療法が主となる(つまり、服薬した石油製品によって治療が変わることはほとんどない)。

除染:衣服に石油製品が付着している場合は、衣服を全て脱がすようにしよう。石油製品は経皮的にも吸収されるからだ。

呼吸管理:低酸素があるなら酸素投与はもちろんだが、呼吸状態が悪いようなら気管挿管が必要となる。非侵襲的陽圧換気は石油製品においてエビデンスがなく、その効果は不明である。気管挿管しても酸素化が保たれないなら、ECMOなども考慮する。

心血管管理:不整脈を認めた場合は特に石油製品に特異的な治療はなく、不整脈の種類に準じて標準治療を施行する。ただ、心筋のカテコラミン感受性が高くなっているので、極力カテコラミン類は使用を控えるよう呼びかけている文献もある。

胃洗浄:石油製品誤飲において胃洗浄は特に避けたい。胃洗浄によって誤嚥するリスクが高まり、より患者が重篤化することがあるからだ。(しかし、多量・毒性が強い石油製品を1時間以内に服毒した場合には、胃洗浄を勧める専門家もいる)

活性炭:欧米の中毒学会では、特に低粘度・低表面張力の石油製品を誤飲した場合に、誤嚥のリスクが高まるため活性炭の使用を控えるように呼びかけている。

その他:服薬による中毒を防ぐ目的で牛乳を飲ませるよう勧めることが一般市民の間で知られているが、これは患者の合併症(嘔吐や石油製品の吸収)を高める可能性があるので石油製品誤飲では避けたい。

                          入院?帰宅?

基本的に症状があるようだったらレントゲンに異常がなくとも入院となる。レントゲン所見は症状より遅れて出現することがあるからだ。また、症状も遅れて出現することがあり、来院時に無症状でも6時間ほど経過観察して、その間に症状が出現するようなら入院した方が安全である。(6時間という時間は救急外来で観察するには少々長すぎる印象もあるので、入院して観察するか、信頼できる患者さんだったら自宅で経過観察を考慮しても良いかもしれない)
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Pearls

●症状(脳神経・呼吸器系・循環器系)・レントゲン所見は遅れて出現することがあるため、一定期間の経過観察を行うようにしよう。
●症状を伴ったり、レントゲンに異常所見を認める場合は、入院が勧められる。
●石油製品中毒には拮抗薬はなく、治療は対処療法が主となる。また、胃洗浄・活性炭は誤嚥のリスクを高めるため、一般的に勧められていない。

                           参考文献

•Tormoehlen LM, Tekulve KJ, Nañagas KA. Hydrocarbon toxicity: A review. Clin Toxicol (Phila). 2014 Jun;52(5):479-89
•Himmel HM. Mechanisms involved in cardiac sensitization by volatile anesthetics: general applicability to halogenated hydrocarbons? Crit Rev Toxicol. 2008;38(9):773-803
•Anas N, Namasonthi V, Ginsburg CM. Criteria for hospitalizing children who have ingested products containing hydrocarbon. JAMA 1981. 246:840-843
•Paul M. Wax; Stella C. Wong, Tintinalli's Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide, seventh edition, The McGraw-Hill Companies, Inc.; c2011, Chapter 193. Hydrocarbons and Volatile Substances
•David D. Gummin, Goldfrank's Toxicologic Emergencies, Ninth Edition, The McGraw-Hill Companies, Inc; c2011, Chapter 106. Hydrocarbons