2020.05.07

COVID-19とACE-I・ARB 〜3本の文献紹介とEditorialより〜

COVID-19とACE-I・ARB 〜3本の文献紹介とEditorialより〜

COVID-19に関する興味深い研究が発表されましたので、文献班からご紹介させていただきます。

「ACE-IやARBはCOVID-19の感染リスクや重症化につながるのか?」
そんな話を聞いたことはありませんか?

もともと、SARS-CoV-2はACE2受容体を通して、ヒトのⅡ型肺上皮細胞に侵入します。
そして、ACE-IやARBといったRAAS阻害剤はACE2の発現を促進(up-regulate)させることもわかっています。
従って、以下のようなリスクが取り沙汰されています。
・ACE-IやARBがACE2の発現を促進させ、感染リスクや重症化リスクが上昇するのではないか
・イブプロフェンをはじめとするNSAIDsも同様にACE2の発現を促進させるので、感染リスクや重症化リスクが上昇するのではないか

上記の懸念に加え、COVID-19重症化のリスクとして高血圧や冠動脈疾患が示されたことから、ACE-I・ARBが重症化のリスクではないかという懸念が医療者の間に広がっていました。しかし、それらを示すエビデンスがなかったため、AHAやACC、ESCをはじめとする学会は「ACE-I・ARBを中止するべき科学的根拠は存在しない」という声明をすでに出していました。

確かに、ケースシリーズとして高血圧・糖尿病・冠動脈疾患のある患者(そして彼らはRAAS阻害剤を投与されることの多い)は重症化率が高いという報告はありました。しかしRAAS阻害剤のリスクはあくまで仮説です。それにも関わらず、「メディアやウェブサイトでは"これらの薬剤のせいで、高血圧や糖尿病患者は重症化しやすい" "これらの薬剤のうち1つでも内服すると死亡のリスクが4倍になる"などの文言で理論上のリスクを強調していた」とEditorらは実際のウェブサイトを引用して批判をしています。

そうは言っても、確かに実際の臨床では「RAAS阻害剤のメリット」と「COVID-19の重症化のリスク」は比較が難しく懸念される問題です。
今回はこれらの懸念に対する文献が、NEJMからなんと同時に3本publishされましたのでご紹介したいと思います。

①Mehra MR, et al. Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Covid-19. N Engl J Med. 2020 May 1. [Epub ahead of print]
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32356626

この文献は"Retracted"(撤回)となりました。詳細は下記のEditorialをお読みください。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32484612/

Surgisphere社のレジストリーを用いたアジア・ヨーロッパ・北アメリカ 11カ国 169病院での観察研究。
PCRにてCOVID-19の確定診断を受け、2020年3月28日までに生存退院・死亡退院した症例を対象にしている。
多変量ロジスティック回帰分析を用い、死亡と併存疾患・併存疾患の治療薬(ACE-I/ARBを含む)の関連を評価した。
結果として8910人の患者が対象となり、515人(5.8%)が死亡した。
地域の内訳は北アメリカ 1536人(17.2%)・ヨーロッパ5755人(64.6%)・アジア(18.2%)であった。
死亡率の上昇と相関が見られたのは以下の項目であった。

年齢(>65歳):オッズ比 1.93(95%信頼区間:1.60-2.41)
冠動脈疾患:オッズ比 2.70(95%信頼区間:2.08-3.51)
心不全:オッズ比 2.48(95%信頼区間:1.62-3.79)
不整脈:オッズ比 1.95(95%信頼区間:1.33-2.86)
COPD:オッズ比 2.96(95%信頼区間:2.00-4.40)
喫煙:オッズ比 1.79(95%信頼区間:1.29-2.47)

ACE-IおよびARBはいすれも死亡率の上昇と相関は見られなかった。
ACE-I:オッズ比 0.33(95%信頼区間:0.20-0.54)
ARB:オッズ比 1.23(95%信頼区間:0.87-1.74)

以上の結果より「少なくともACE-I/ARBと死亡率の上昇に相関は見られなかった」と筆者は結論づけています。

②Mancia G, et al. Renin-Angiotensin-Aldosterone System Blockers and the Risk of Covid-19. N Engl J Med. 2020 May 1. [Epub ahead of print]
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32356627

COVID-19が大流行したイタリア ロンバルディア州からの報告です。こちらはACE-I/ARBの内服とCOVID-19の感染率を調べています。

ロンバルディア州に住む40歳以上のRegional Health Serviceの受給者を対象にケースコントロール研究を行った。
ケースとしては上記に当てはまるCOVID-19感染者で、1例のケースにつき、最大5例のコントロールを選択した。
コントロールは、年齢・性別・診断日・住んでいる市がマッチしているものを選択した。
結果として、ケースは6272例、コントロールは30759例であった。
内服薬・併存疾患・基礎疾患のスコアリングなどで調整した後のオッズ比はそれぞれ
ACE-I:オッズ比 0.95(95%信頼区間:0.86-1.05)
ARB:オッズ比 0.96(95%信頼区間:0.87-1.07)
であった。
重症患者・年齢・性別などでサブグループ解析を行ったがいずれも結果に大きな違いはなかった。

③Reynolds HR, et al. Renin-Angiotensin-Aldosterone System Inhibitors and Risk of Covid-19. N Engl J Med. 2020 May 1. [Epub ahead of print]
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32356628

こちらはニューヨークからの報告。ニューヨーク大学 Langone Healthの電子カルテに登録されている、3月1日〜4月15日までの間にSARS-Cov-2のPCR検査を受けた全患者を対象とした。傾向スコアマッチングとベイズ統計を用いて、各種降圧薬(ACE-I・ARB・カルシウム拮抗薬・βブロッカー・サイアザイド)の使用がCOVID-19のPCR検査陽性の割合およびその重症化に関連があるか検討した。
結果として、12594人が解析対象となり、5894人がPCR検査陽性であった。5894人中、1002人(17.0%)が重症(ICU入室・呼吸器装着・死亡)であった。

年齢・性別・人種・BMI・既往歴などを用い、各種降圧薬の投薬を受けやすさに関する傾向スコアを算出し、1:1最近傍マッチングを行った。
推定に関してはベイズ統計を用いた。(COVID-19の情報はまだ少なく、Beta(1,1)の無情報事前分布を事前分布に用いた)

陽性の割合に関しては
ACE-I(投薬vs非投薬):627/1044(60.1%) vs 653/1044(62.5%) 両者の差:-2.5%(95%信用区間:-6.7 to 1.6%)
ARB(投薬vs非投薬):664/1137(58.4%) vs 639/1137(56.2%) 両者の差:2.2%(95%信用区間:-1.9 to 6.3%)
であり、その他の降圧薬と同様に陽性の割合に関して十分な差はなかった。

重症化の割合に関しては
ACE-I(投薬vs非投薬):150/627(23.9%) vs 169/653(25.9%)両者の差:1.9%(95%信用区間:-6.6 to 2.8%)
ARB(投薬vs非投薬):162/664(24.4%) vs 165/639(25.8%) 両者の差:-1.4%(95%信用区間:-6.1 to 3.3%)
であり、こちらも重症化の割合に関して十分な差はなかった。

高血圧を有する患者に対象を絞って解析しても同様の結果であった。

いかがでしたでしょうか?ACE-I・ARBと感染リスク・重症化・死亡とは少なくとも現時点では関連がないと考えてよいのではないでしょうか?
「これら3本の研究はいずれも観察研究であり、それぞれの研究に弱点はあるが、異なる場所・異なるデザインで同様の結果が得られたことは一貫したメッセージ性がある」とEditorらは述べています。
(Editorial:Jarcho JA, et al. Inhibitors of the Renin-Angiotensin-Aldosterone System and Covid-19. N Engl J Med. 2020 May 1. [Epub ahead of print] PMID:32356625

今回の文献紹介は以上です。
定期号もお楽しみに!

東京大学 公共健康医学専攻
宮本 雄気